ネイチャーポジティブを考えるときに、気を付けなければならない点がある。それは、従来人手の入っていなかった野生の森林や荒地を切り拓いて里山や農業用地にする〝自然〟への人為的な介入は、実は「野生的〝自然〟」を壊すことに他ならないということだ。
「野生的〝自然〟」とは、まさに苛烈な「生存競争と適者生存の原理が働く(弱肉強食の)世界」のことである。我々が普段目にする〝自然〟とは、この野性的〝自然〟とは異なるものではないか。
ところが面白いことに、開墾・開拓によってできた農地には、新たな生物生態系、すなわち別の〝自然〟環境が生まれるのだ。カエルやメダカやドジョウ、トンボやホタル、可憐な〝野草〟や〝雑草〟類、さらにそれらをついばむ鳥や小動物たち…、実はこれらは「野生的〝自然〟」の中では生き残るのが難しい「弱者」である。これらの生き物は、田畑を中心にした「人為的〝自然〟」の中に生まれ育っているのだ。
このように人類は、「野生的〝自然〟」を崩壊させて「人為的〝自然〟」を生じさせたのである。つまり農業とは、未開拓・未開墾の「野生的〝自然〟環境」を人為的に破壊し、そこに「人為的 〝自然〟」を形成する営みなのだ。
では、「ネイチャーポジティブ」をビジネス観点から議論するとき、果たして2つの〝自然〟をどう捉えるのが適切なのだろうか? そこで役立つのが、環境専門家や農政研究者の間で使われる「一次的自然」「二次的自然」という概念だ。
野生的・原生的「一次的〝自然〟」と人為的な「二次的〝自然〟」
「一次的自然」とは、野生的・原生的な自然を指す。人手が一切加わらず、本来の生態系の変容プロセス(一次遷移)のみによって形成・変容している〝自然〟のことだ。私が「野生的〝自然〟」と呼ぶものとほぼ等しい。
生態系的に外部からの影響を受け難い極相(安定した状態)に達した森林(極相林、原生林)や草原を指すとされる。例えば、白神山地のブナ林や屋久島のスギ原始林だ。世界自然遺産に登録されるのは、このような野性的な野生の“自然”が主となるのである。
「二次的自然」とは、「一次的〝自然〟」が農業などで人為的に改変され、さらにその活動により維持されてきた〝自然〟を指す。人によってつくられ、管理・維持されてきた水田や溜池、雑木林や採草地・放牧地まで、ほぼ農業の場である。伐採や草刈り等の人工的な管理に加え、肥料や農薬の散布など、生態系にとってはかなり強圧的な介入もなされる。
人為的影響がない(極めて少ない)原生的な「一次的〝自然〟」に対して、農林業などによる定期的・周期的な管理等の人為的な介入がなされるので「二次的〝自然〟」と呼ばれる。学術的には、人為的攪乱とそれに続く再生(二次遷移)で維持・強化される〝自然〟という。
ところで、このような議論が研究者・専門家や農政や環境政策の関係者でなされるのだが、「人間と自然の共生」という言い方がなされていることが少なくない。それに私は少々違和感を覚える。人間と〝自然〟を区別するという西欧的な世界観がチラつくのだ。人間も生物の一つに過ぎない…、そう謙虚に考えるのが日本人本来の感覚ではなかろうか。だとすると、「人間と人間以外の生物との共生」と言うべきではなかろうか…。
持続可能な「二次的“自然”」に向けて
「一次的〝自然〟環境」は安定しており、特定の種が優占し続ける。生物生態系が自己の治癒力のみで、自然の摂理に従ってメンテナンスされるからだ。そこで、人手を入れずに自然環境を維持(環境保全)することが求められる。
他方、「二次的〝自然〟」は、定期的・周期的に人手を加えたメンテナンスをしないと維持すらできない。
この「二次的〝自然〟」の代表例は里山・里地だと言われる。一般的には「里山」とは主に二次林を指し、さらに農地等を含めるときに「里地」と呼ぶという。
里山・里地は、人里・都市部と「一次的〝自然〟(野生)」の間に位置し、さまざまな人々の活動を通じて形成されてきた地域である。環境省は里地・里山を「集落をとりまく二次林と、それらと混在する農地、ため池、草原等で構成される地域概念」と定義している。わが国では、二次林の面積は約800万㌶、農地等の面積は約700万㌶なので、里地・里山は、なんと国土の4割程度を占めると聞く。
このような里地・里山は、人と「二次的〝自然〟」との長年にわたる相互作用を通じて形成された地域であり、多様な生物の生息地として重要だ。人手を加えただけでなく、加え続けないと維持できない。人によるメンテナンスが必須であり、そのための労働力が求められる。いったん放棄されると生態系の遷移が勝手に(文字通り自然に)進み、取り返しのつかないことになる。
「二次的〝自然〟」には、多種・多様な「弱い生物」「特有の生物」が数多く生息する。いわば生物多様性の「ホットスポット」だ。ネイチャーポジティブの多くの議論が主張する「生物多様性の保全・回復」という議論において「人間と(人間以外)の生物の共生」の観点から重要視されるのは、この「二次的〝自然〟」に他ならない(またそれは、地域特有の景観や伝統文化の基盤となっているのだ!)。
だが近年、中山間地域の過疎化や農林従事者の高齢化に伴い、里山・里地のメンテナンスがなされなくなり始めた。結果、従来農地では普通に見ることのできたメダカやホタルなどが急減し、絶滅危惧種になってしまった(環境省レッドデータブック)。つまり、「二次的〝自然〟」に特有な生物多様性が失われ始めているのである。
そこで問われるのは、「一次的〝自然〟」の保全とともに、あるいはそれ以上に、「二次的〝自然〟のサステナビリティ」「持続可能な二次的〝自然〟」、つまり、生物多様性の回復のためには、まさに「二次的〝自然〟」自体のメンテナンスが大きな課題なのである。
ちなみに、近時問題となっている熊の市街地出没は、里地・里山という中間領域の減衰によるものであることも思い起こしたい。
いずれにせよ、「n次〝自然〟」という概念は有用だ。例えば、都市部の緑化は「三次〝自然〟」と呼べるのではないか。さらに私は、「純〝自然〟」「準〝自然〟」「半〝自然〟」「人工 〝自然〟」「人工物〝自然〟」といった整理分類も発案している。これらは次回以降にご紹介したい。
(本稿続く)




























