例えばAという生物種が死滅すると、それを中心にして成立していた生態系全体が消滅してしまう場合がある。その時、A種は「その生態系のキーストーン種だった」と見なされる。あるいは、どこかの自然環境下に運ばれたA種が起点となって、特定の生態系が形成され始めると、その時A種は「キーストーン種だ」といわれる。
この「キーストーン」とは、元来、土木建設で使われている用語・概念だ。アーチ形状の建築物(窓、門、橋、トンネル等)を作るとき、それを構成する多くの石を互いに押し固めた上で、最後に頂点におかれる「要石」のことをいう。
キーストーンは頂上に鎮座するとともに、周囲や下部の建材が崩れないようにする元締めとして構造上も極めて重要だといわれる。つまり、アーチの安定性を保つための最重要の構成要素なのだ。
ちなみに、キーストーンと共にアーチを構成する重要な石に「迫石(せりいし)」がある。上からの重みを左右へ逃がし、全体を強く支える役割を担うくさび形状の石や建材のことだ。迫石やキーストーンを1つでも取り去るとアーチは崩れかねない。
ネイチャーポジティブにとっても、この「キーストーン」概念は重要な意味を持つと思われる。産業やビジネスやマネジメントにおいてもこの概念は役立つので、今回はその概要をご紹介しよう。
生態系全体に多大な影響を与えるキーストーン種
この用語を生態系で用いた先駆者は、海洋生物生態学者ロバート・トリート・ペインだといわれている。
1960年代に、潮間帯におけるヒトデの除去実験を行い、特定の捕食者が群集構造に与える影響を調査研究し、特定種が生物多様性の維持に不可欠であることを示した。そこから一般化されて、ある生態系において、その存在が他の生物の量や多様性に大きな影響を与える生物種のことをキーストーン種(中枢種)と呼ぶようになったという。
キーストーン種は、生物量や個体数が比較的少ないにもかかわらず、生態系全体に多大な影響を与える生物種である。つまり、「少数派だが主導権を握る」特徴が認められることがポイントなのだ。
対して、生物の個体数やバイオマス(生物量)が多くて、生態系全体を占有する種は「ドミナント種(優占種)」と呼ばれる。
(この辺が、ビジネスのメタファーになりそうだとお気づきの方もおられるはずだ)
環境条件が異なると群集構造も異なり、さらに生物と環境の相互作用や生態系内と生態系間の相互作用も異なるので、個々の生態系ごとにキーストーン種は異なる。
(ちなみに、日本の生態学の草分けである今西錦司は、生物の世界では、それぞれ生存領域を「棲み分け」て生態系を形成すると論じた。ただし、何らかの理由で生態系の構成種が変容しても、一種の「動的平衡」が働いて、生態系はある程度までは維持されるだろう。だが、キーストーン種が消滅すると、生態系自体は崩壊せざるを得ない、と私は理解している)
キーストーンには、いくつかのタイプがあるとされる。
⑴キーストーン捕食者:捕食を通じて被食者の個体数や行動を制御して、生態系の構造や生物多様性に影響を与える種(私は捕食管理型と呼んでいる)。
例えば、肉食の捕食動物が増えると草食動物が減少したり行動変容を起こすので、その草食動物が食べていた植物種が回復したり、増加したりすることもある。ただし、捕食者のタイプによっては、複数の種が共存関係になり、特定の競争優位種の独占が抑制される場合もあるという。また、捕食者は被食者を直接捕食するだけでなく、その恐怖感によって被食者にリスク回避行動をおこさせたり、生息場所を変えたりさせることもある。つまり要は、捕食によって生態系に影響を与えるということだ。
なお、キーストーン捕食者は必ずしも食物連鎖の頂点の種とは限らず、中間捕食者であっても特定の競争関係を制御することで同様の役割を果たす場合もあるという。
⑵生態系エンジニア:物理的環境そのものを改変することで、他の生物に影響を与える種(私は生態系改造型と呼んでいる)。
例えば、ビーバーはダムの構築や巣穴の形成を通じて、他の生息環境の構造を変化させる。また、渡り鳥は植物の種子を運搬することにより、生態系を改変させる。つまり、環境を自ら好みに変化させようとして、生態系へ影響を与えるのだ。
生態系を無視した人類による選択の失敗例
上記の分類のいずれにも該当する同一種もあるという。
とまれ、人類はその代表例ではなかろうか。捕食を通じて生態系を変え、環境改造を通じて生態系を変え、そして人類が来たり、あるいはいなくなれば、その生態系は大きく変わる…。まさに今や、地球の表面上は「人新世」だ。だから人類は、むしろ生態系を破壊する破壊型キーストーン種(デストロイヤー)として位置付けられるかもしれない。
一般的に言えば、キーストーン種は、生態系の安定性や生物多様性の維持に重要な役割を果たすはずなのだ。だが人類は、果たして生物全体の生態系の安定性や生物多様性の維持に貢献してきただろうか…。答えは否だった。そこで、ネイチャーポジティブに向かわなければならないのである。
ただし、注意も必要だ。生態系を、適確・適切な「システム=相互に関係する要素の集合体」として捉えないと、中途半端な自然管理を行ってしまい、生態系を悪い方向で破壊しかねない。
例えば、かつて奄美大島でハブ駆除のためにマングースを導入したところ、実際にはハブを捕食せず、奄美特有の希少生物(アマミノクロウサギなど)を捕食してしまった。結局、約3万2000匹以上に増加したマングースを、40年以上かけて捕獲・駆除したという。人の手で勝手に移住させられ、結局悪者にされて駆除されたマングースこそ被害者ではないのか。
あるいは、中国文化革命時において、毛沢東の「雀害鳥説」によりスズメが一斉に捕獲されたが、稲の害虫をスズメが捕食しないので、稲作が壊滅、結果として数千万人が餓死に至ったと伝わる例もある。
つまり、「キーストーン」を選び間違えると、それを含む生態系全体が大きく崩れるのだ。
要するに、人類の知では、まだ生物を効果的・効率的にキーストーン種を選り分け、生態系をマネジメントできるわけではない。種の適切な選択ができるというのは、人類の奢りなのだ。(本項続く)






























