21世紀になって小泉純一郎政権以来政府は基本的に実質GDP成長率2.0%増を目標としてきたが、2025年までの実績は年0.7%増と、この四半世紀、まったく期待外れに終わっている。
実質GDPを供給サイドから技術進歩率(以下TFP)、資本投入量、労働投入量の成長率への寄与度をみると、TFPが0.7%ポイント(以下pt)、資本投入量が0.1%pt、労働投入量がマイナス0.3%ptとなっていて、これらの合計値0.6%増が潜在成長率、いわば持続的可能な成長率となる(表示単位未満を四捨五入して端数処理しているため合計額と合わず)。
政府は「科学技術・イノベーションの強力な推進により、(中略)持続的な経済成長が確保され、更なる科学技術・イノベーションを生み出す好循環を作り出すことによって『豊かで安全・安心な社会』の実現を目指し(第7期「科学技術・イノベーション基本計画」2026年3月27日)、ネット化やデジタル化、AI化を促進しているが、TFPは上昇するどころか減速している。
政府の意気込みとは裏腹に、個人は将来不安を理由に個人金融資産を増やしている。金融資産の保有目的で最も多いのは「老後の生活資金」である。個人は公的年金だけでは心もとないと考えて、所得が伸びないなか個人金融資産を増やしている。バブルが崩壊した1991年度末時点で1026兆円だったが、2025年末には2351兆円と2.3倍に増加。雇用者報酬比でみても91年度末4.1倍から7.2倍へと高まっている。個人=国民は「不安な社会」を生きているのである。
TFP鈍化は先進国共通の現象
TFPが高まらず、経済成長率が低迷しているのは日本特有の原因にあるのか、あるいは先進国共通の現象なのか、検討する必要がある。先進国のTFPを比較すると、特に日本が悪いわけではない。Windows95によってインターネット革命が起きた1995年以降のTFP上昇率を日米英独の4ヵ国で比較すると、日本は米国の年0.62%増にわずかに劣る程度で、ドイツやイギリスを上回っている(図参照)。それにもかかわらず、日本が低成長なのは、資本投入量と労働投入量がほぼ前年比ゼロ%となっているからだ。

インターネット革命後のデジタル化、AI化といったテクノロジーは基本的には労働代替型であって、それ以前の電気や自動車といった20世紀のテクノロジーは労働補完型であり、両者に大きな違いがある。後者の場合、製造業のTFP上昇に伴う生産性上昇が非製造業の賃金上昇にも波及し、ハリウッドの映画産業や旅行業界が発達し、労働補完型となった。しかし、インターネット革命後のテクノロジーは定型的な仕事を機械が行い、職を奪われた労働者の新たな雇用機会が生まれていない。
その結果、中スキルで中程度の賃金労働者、いわゆる中間層の人々は低スキル・低賃金の労働市場に職を求めざるを得なかった。低スキル労働市場では労働供給が企業の労働需要を上回り、低賃金で働く人が増える。もちろん、ハイスキル・高賃金の職へ移動する人も見られたが、それは主に女性だった。男女の能力にもともと差がなかったことが証明されつつあり、デジタル化などで中間層の男性への過大評価が是正されている。
このことを絶えがたいと感じた男性は、「絶望死」を選択せざるを得なくなっている。自死というのは生命の維持を自ら断つわけだから、近代社会の理論的枠組みをつくったジョン・ロックのいうプロパティを、財産権というよりは生命・自由・財産を総称する固有権と理解すれば、近代社会は崩壊の瀬戸際に立っていると言える。
3つのパラドックスの意味するもの
1970年代にPCが登場し、オフィスや生産・販売現場で普及していった。1987年、ロバート・ソローが「至るところでコンピューターの時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」とノーベル経済学賞受賞式で述べた。2012年になってビル・ゲイツが「イノベーションがこれまでにないペースで次々に出現しているのというのにアメリカ人は将来についてますます悲観的になっている」と言った。
ソローパラドックスとビル・ゲイツパラドックスは未だにパラドックスのままである。この2つのパラドックスが解けないのは、テクノロジーそれ自体が社会全体の生産性を自動的に上げるものではなく、むしろ人間の職にとって代わるものなので、人々は不安なのだ。
さらに難解なパラドックスがある。
1966年、哲学者のマイケル・ポランニーが「人間は言葉で表せる以上のことを知っている。人間は、自分自身でもはっきり説明のできない『暗黙知』という大きな情報の貯蔵庫に四六時中頼って生きているが、コンピューターのコードで、そうした知識を記述するのは至難の業だ」と言ったが、ディープ・ラーニングなどでAIが「暗黙知」まで取り入れるようになれば、イギリスが国民国家になる過程や産業革命時に起きたエンクロージャー運動で農民が土地から切り話されて、賃金労働者となったように、21世紀は上位0.1%の人がAIのエンクロージャー(囲い込み)を断行し、多くの人間が社会から放り出されかねない。
「テクノロジーが進歩すればなんとかなる」という思考ほど危険なものはない。


























