古琴:令和の世の旅にも慣れてきたようだね。今の世を、どんな目で見ているのかね?
八:熊の目、八の目、それに蔦の目。同じところを見ているはずなんですけどね、目の付け所が三人で違うんですよ。その違いが面白い酒の肴(さかな)になる。
熊:俺が見たいのは賽(さい)の目だな。
八:負けてばっかりいやがるくせに(パシっ)。
蔦重:負けてはいないけど、湾岸で直ぐに勝てると言いながら未だに勝ったと言えないトラ殿様はどうするんですかね。
古琴:ペルシャ藩を甘くみていたし、フーシ派が割り込んで来るとは見ていなかったようだな。
熊:蔦重も気をつけろ。
蔦重:何のことだ?
熊:耕書堂で出している草紙はどれも風刺ものだろ、フーシ派と間違えられないようにしろよ。
八:紛らわしいこと言うな(パシっ)。
熊:トラ殿様には「ざまぁみろ」と言いたいぜ。
八:品がねぇぞ(パシっ)。
蔦重:「ざまぁみろ」は「様を見ろ」、つまり、テメエの形(なり)(外見)と振り(行動)という様(さま)を、自ら見直せってことだな。
熊:そういやぁ、褒め言葉が「様(さま)になる」から、上方の「かっこええ」に替わっていたのには驚いたぜ。
八:それに祭りの神輿の掛け声が田舎臭くなったのにも驚いた。
熊:「セイヤー」「ソイヤー」だろ。江戸は「ワッショイ」だぜ。
蔦重:そう、一緒に「和して背負う」から「ワッショイ」だ。
熊:祭りの「法被(はっぴ)と羽織」の区別もついてねぇ。
八:オレと熊は「法被」、古琴の旦那は「羽織」。蔦重はどっちだっけ。
蔦重:俺は法被から羽織になった。法被の町衆に羽織の旦那が「ご苦労さん、飲んでくれ」と差入れするのが粋ってもんだな。
古琴:確かに小さい頃、神輿を担ごうとしたら、祖父に「お前は羽織だよ」って言われたね。

鳥の目と虫の目



蔦重:私の出す風刺ものの草紙は、この世を風刺するために、時代を変え、所を変え、名前を変え、戯れ言にして、何とかお上に睨まれないようにするんですがね。
八:でも、皆、何を言わんとしているかわかる。
古琴:蔦重は、常に面白いことを探している、獲物を狙う「鵜の目、鷹の目」だな。
八:お上も取り締まろうと「鵜の目、鷹の目」だな。
蔦重:目と言えば、「鳥の目・虫の目」「鳥瞰と虫瞰」とも言いますよね。鳥は高いところから森全体を見渡す。虫は、下の下から木や草花を細かく見る。
熊:俺は金がないので「虫の息」だぜ。
八:(パシっ)、無視(むし)しようぜ。ところで、江戸の町衆もそうだったけど、今はSNSってんで騒いでいる連中は勝手なことばかり言っているようだけど、あれはホントに「虫の意見」なのかね?
蔦重:やたらに勇ましいことを言うのは、だいたい下っ端じゃないかな。無責任だから勇ましいことが言える。じゃテメエが仕切ってみるか、と言われると、まずは尻込みするだろ。
八:そうだな。俺たち職人も、頭の苦労は分かっていねぇし。
熊:たしかに、明日から頭領だぞ、と言われても、何していいか分からねぇ。
八:ま、それは死ぬまでねぇから安心しな。
熊:(パシっ)
八:逆に偉そうに威張っている連中もいるよな。町衆の中で通ぶっているのは大体、半可通だな。俺たち職人の仕事をああだこうだ言う奴に限って、本物は珍しい。
蔦重:浮世絵も草紙も同じだな。ホントの通は、下々の半可通のやり合いには入ってこねぇもんだ。
古琴:「岡目八目」って知っているね。脇から見ていると盤上の情勢がよく見通せる。だけど、上っ面しか見えてないことでもある。つまり、自分が指していないから盤面がよく見えるということなんだな。じゃ、下から見たらどうか。上の苦労がわからず、下っ面しか見えない。
八:上と下も大違い、内と外も大違い。どちらからも見ないと分からないってことですね。
古琴:「高見の見物」の功罪相半ばってことでもあるね。高見からなので、局面を冷静に見極められる。だけど当事者ではないので関わることはできない。隔靴掻痒(かっかそうよう)。良し・悪し両面なわけだ。
蔦重:旅人も「高見の見物」に近いかも。少しの間しかいそこにいない。ある程度その地に住まないと地元の機微は分からない。旅の宿で一緒になるのも旅人同士。各地の話題を交換できるけど…。
八:ということは、福岡藩あたりの上級武士(けんぎかいぎいん)たちが、海外視察と称して大変な飲み食いをしたらしいけど、何を視てきたのかね。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

 

八:ところで、俺にできることがなぜお前にはできねぇ、と部下を虐める奴がお偉いさんに少なくない。それは江戸も令和も変わんねぇな、と感じるぜ。
蔦重:そうだな。播磨や摂津(兵庫)辺りの殿様(知事)や、六浦(むつら)藩(横浜)の殿様(市長)なんてのがそうだな。
熊:「このハゲっ」って、お付きを怒鳴りとばしていた江戸の北あたりの女傑もいたらしいな。
蔦重:共通しているのは、霞が関村の出やら、医者の出やら、すごい教育を受けていた連中ということかな。
八:みんな50歳前後だね。威張る年齢なのか、それとも世代なのか?
古琴:威張る奴ほど、心の底に「俺は良いけど、お前が悪い」という心が潜んでいる。「俺様ができることが、できない奴は馬鹿だ」「俺様が正しい、貴様らは間違い(フェイク)だ」となる。威張るだけでなく、他人を責めることで自分を正当化する。
蔦重:そうか、トラ殿様もプー殿様も、どこかの将軍様も同じ。威張り散らすのは、皆、同じ性根の似た者同士ということか。
古琴:ところで「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」って有名な言葉をご存じかな。江戸末期頃のオットー・フォン・ビスマルクという独逸藩の大殿様が言ったと聞く。通常は、「愚か者は、自分で失敗して初めて失敗の原因に気付き、その後同じ失敗を繰り返さないようにする。賢い者は、過去の他人の失敗から学び、同じ失敗をしないようにする」と言われている。だが、原書には「歴史」とは書かれていないらしい。
蔦重:あ、それ知っています。実際は「愚か者だけが、自分の経験だけで学べると信じている。私ならば、他者の経験からも学び、最初から自分が失敗しないようにするだろう」ってんでしょ。
古琴:さすが耕書堂。あっちこっちで同じような失敗をする偉いさんがなぜ絶えないのか、それも各藩の殿様や家老に多いのか。まともに他人の失敗から学ぶ器が欲しい世の中だね。
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 毎度の戯れ言・与太話、お粗末さまでございました。