「アウフヘーベン」という言葉がある。日本語では通常「止揚」と訳される。哲学に多少なりとも関心のある者なら一度は耳にしたことがある言葉だろう。ただしこの概念ほど、一旦腑に落ちる形で理解できれば実に単純であるにもかかわらず、その腑に落ちる瞬間を持たぬ限りいつまでも曖昧模糊として理解し難い概念はない。
そもそもアウフヘーベンとは、2つの異なるものが単に並び立つのではなく、互いを内包しつつ、それらとは別次元の新しいものへと転化することを意味する。ヘーゲル哲学ではしばしばテーゼとアンチテーゼが対立し、その緊張の中からジンテーゼが生まれると説明されるが、この説明だけでは大半の人には何のことだか分からない。
だから当方は大学の授業ではこう説明する。洗面器の中にビー玉とパチンコ玉を入れ、どれだけ激しくかき回しても何も起きない。ビー玉はビー玉のまま、パチンコ玉はパチンコ玉のままだ。ただ同じ場所に存在しているだけである。これはアウフヘーベンが全く起きていない状態だ。同様に、水素と酸素を1つの容器に入れて放置していても何も起こらない。やはり水素は水素、酸素は酸素のままである。しかし、そこに「火」を与えれば一気に事態は展開する。その瞬間、化学反応が惹起され、水素と酸素から「水」という全く別の存在が生まれるのだ。
「水」の中には確かに水素も酸素も含まれている。だが水はもはや水素でも酸素でもない。両者を内包しながら、両者とは異なる次元の存在へと質的転換を遂げている。これこそがアウフヘーベンなのである。
要するにAとBがあるとき、それらを単に並べたり混ぜたりするだけでは何も起きない。しかしそこにある契機――言わば「火」――が与えられれば、AとBを含みながらAでもBでもない新しいものが立ち上がる。この現象を哲学では止揚と呼ぶのである。
そして重要なのは、この止揚こそが人間のあらゆる発展の本質だという点だ。
芸術とは、既存の形式と既存の感情とが衝突し、その果てにまだ誰も見たことのない表現が立ち上がる営みである。ビジネスとは、既存技術と新しい需要が単に接触するだけでは何も起こらず、その間に「火花」が散った時にはじめて革新が生まれ、大きな社会的うねりをもたらす営みだ。そして政治とは、対立する利害や思想をただ並べることではなく、それらを超え、それらの間の様々な化学反応を繰り返し、新しい全体秩序を作り上げる営みである。
だから止揚なきところに発展はない。
むしろ止揚なきところには停滞しかない。
いや停滞どころではない。人間は止揚できぬまま放置されれば、やがて腐敗する他なくなるのだ。
現代社会が息苦しいのは、この止揚が極端に減っているからだ。情報だけが氾濫し、根無し草のような意見が無数に浮遊し、止揚無き対立が日々拡大している。しかしそのどれもがビー玉とパチンコ玉のように洗面器の中でぶつかり合っているだけで、何一つ新しいものへと転化することはない。
なぜそうなるのか。
それは彼らの精神においてニヒリズムが支配的となっているからなのだ。
別の言い方をするなら、人々の内部から「火」が失われているからだ(この状態こそ、ニヒリズムの状態だ)。
では、その火とは何か?
それは、自分の今あるものよりもなお「より良いもの」「より美しいもの」「より正しいもの」が存在するという確信である。それをさらに煎じ詰めていうなら、信仰心、宗教性、あるいは「神という概念」ということもできよう。
ところがニヒリズムに侵された人間は、心の内の火を失い、この世に真も善も美もないと深いところで信じ込む精神へと堕落している。だから何を提示されても、それを自身の内にあるあらゆるものの変容の契機として受け取れない。結局、彼にとってはどれほど偉大な思想も芸術も政治も、単なる別のビー玉にしか見えないのだ。
しかし、もし彼が「非ニヒリスト」であれば、話は全く違う。
今より善きものがある、今より美しきものがある、今より正しいものがある――そう信じるからこそ、人は自らの内に(おそらくはそれは〝神〟がもたらす)「火」が灯される。そして、その火があれば水素と酸素はいつでも水へと転化する契機を得る。
つまり、アウフヘーベンとは単なる哲学用語ではない。それは人間が人間であるための「条件」そのものなのだ。
もしこの止揚を失えば、人は単に年齢だけを重ねる存在となる。知識だけを増やし、経験だけを積み、しかし何一つ新しい存在になれぬまま老いていく。そしてそういう人間ばかりが増えれば、国家もまた老いる。
今の日本が閉塞している最大の理由もそこにある。制度も議論も人材もある。しかしそれらを新しい次元へ転化させる精神の火が弱っている。
だから今必要なのは、新しい政策を1つ増やすことでも、新しい制度を1つ作ることでもない。まず何より、人々の精神の中に再び火を灯すことなのである。
そして逆に言うなら、抽象的概念次元における宗教を失った民族は滅び去る他ないのである。




























