今、秋田市での講演のために東京から新幹線「こまち」に乗って、ちょうど大曲駅を過ぎたところだ。
田沢湖や角館など、高校の修学旅行で訪れた町の駅を通り過ぎると、なんとも言えない懐かしさが入り交じった、幾分もの悲しくはあるが当時の楽しき思い出の影響もあり、暗いというよりはむしろ明るい気分になるものの、あの時代は二度と戻らないという喪失感が幾分漂うような心持ちになる。
今、筆者の精神に去来しているこの心持ちと寸分違わぬものではないとしてもそれなりに類似した心持ちを、誰しもが多かれ少なかれ経験したことがあるのではないかと思う。
哲学ではしばしば、こうした心持ちそのものが様々な局面で人々の精神に去来していることそれ自身を「現象」と呼び、それを「現象学」という学問で取り扱わんとする。
現象といえば無論、一般的には何らかの物理現象という言葉が意味するものとして用いられることが多い。雲が生ずるという物理現象、水が氷に変わるという現象など。そこに主体があろうが無かろうが、独立して存在するモノゴトとして存立する「現象」というものがある――という想定で物理現象という言葉が使われる。
哲学の現象学における「現象」という言葉は、物理現象ではなく、あくまでも、われわれが感得し得る、いわば「精神的現象」を取り扱うものだが、その取り扱う態度そのものは「物理現象」という言葉を使う際のそれと大いに重なる。それを「分析の対象」として捉えんとするからだ。
ただし物理現象を理解するには当然その現象の「外部」に観察者たる主体が存在しなければならない。一方で、現象学が取り扱う精神的現象を観察することができる視座の起点は、その精神的現象の「内側」にしか存在しえない。
つまり現象学は物理学と異なり、対象を自身と無縁の客体と捉えて分析するのではなく、あくまでもその精神現象の内側から「内省的」に分析せんとするのだ。そろそろ秋田駅に到着せんとする新幹線に乗車する「私」以外に、大曲なり角館なりを通過した時に「私」の精神に去来した精神現象を観察し、描写し、分析することなど何人たりともできないのだ。
なぜ、このような現象学なるものが哲学において生じ、発展してきたのか。
それは、哲学は主体や客体という日常において自明のものとして捉えている前提そのものを疑い、自明の前提と据えることは、その厳密な議論において許され得ないからだ。だから「私が存在し、その私に精神が宿り、その精神には、私の外部にある角館なり田沢湖なりというものが影響をしているのだ」という当たり前の描写は、厳密な哲学的議論においては御法度となる。
だとするとこの私に与えられたものは、本稿冒頭で述べた「何とも言えない懐かしさを伴った心持ち」以外何も存在し得ぬと言わねばならなくなる。
秋田なり田沢湖なりが存在するということも、私という主体が存在することそれ自身も、自明の前提とはなり得ない。そして唯一現前せるその「心持ち=現象」を出発点として内省的に分析を進めれば、この辺りに40年前に訪れたという記憶という現象が存在することに思い当たり、その記憶が如何様にその心持ちに繋がっているのかという分析が可能となるのだ。
何とも迂遠に思えるかもしれない。しかし、私たちは「東京、秋田、新幹線、湖、街…」といった「客観的事実」ばかりに気をとられていれば、われわれの微細な心持ちにわれわれの認知の焦点が当たらず、遠くから聞こえる小さな雑音のように、われわれの精神に去来し続けるあらゆる「現象」が全てゴミ箱に捨て去られ、失われていく。
結果、われわれは自身の人生にとってかけがえのないものを全て捨て去ってしまう。直近や将来の自分自身、あるいは私たちの振る舞いにとって重大な意味を持つあらゆる種類のサイン、そして現存在や投企という哲学的概念をもたらす縁の全てが失われ、私たちの生は味気ないばかりか、あらゆる危機に対して脆弱極まりないものへと堕落していく。
だからこそ、フッサールは哲学的探求にあたり、現象を全ての基盤に据える「現象学」を打ち立て、ハイデガーはその現象学を出発点として『存在と時間』を著したのだ。
しかしそれは哲学的探求にのみ活用可能なアプローチではない。
それは、私たちの生が本来持つべき、しかし、この味気ない現代社会の中で失われ続けている「豊穣」なる実態を取り戻すために誰しもが容易く活用できる当たり前の生きる態度そのものなのだ。
是非、読者各位もご自身に去来する悲喜交々の現象の全容を、時にじっくりと内省の対象とする時間を持たれんことを、祈念したい。































