先日、久しぶりに海外へ出張した。若いころは頻繁に海外へ渡航していたが、昨今はめっきりその機会も減り、今回は実に久方ぶりの訪欧となった。
 訪問先はドイツのベルリン。日本もドイツも、ともに人間がつくり上げてきた国なのだから、似たり寄ったりのものではある。とはいえ、日本人として驚かされることは日常の至るところにあった。
 水よりビールの方が安い。パンがやたらとうまい。見知らぬ人同士でも驚くほどしっかり挨拶をする。路上にはやたらとごみが落ちている。数え上げればきりがない。こうした欧州での体験を手掛かりとして、一冊の哲学書をまとめた人物がいる。
 日本近代哲学を代表する哲学者の一人、和辻哲郎である。和辻は欧州各地を訪れ、そこで得た経験を省察しながら、『風土―人間学的考察』を著した。この『風土』は、日本的な視点から人間と世界との関係を考えた重要な哲学書の一つである。
 私がこのたび改めて体感した日本と欧州との違いを一言で表すなら、それは風土の違いである。それを文化の違いと呼んでもよさそうだが、風土という言葉は、文化や習慣だけでなく、それぞれの土地の気候、地形、地質、さらには景色や景観までも含んでいる。したがって、今回の訪欧を通して私の内に立ち現れた精神的現象は、文化というより、風土についての違和感と表現した方がしっくりくる。
 では、風土とは何か。和辻によれば、風土とは、人間を取り巻く単なる自然環境という意味を超えた、人間が自然を感じ、耐え、利用し、意味付けながら生きる、その在り方を含めた「総合的生態系」そのものなのだ。
 ここでいう「総合的生態系」とは、純粋に物質的な概念なのでなく、物質と精神の両者を含んだ、文字通り総合的な概念だ。ただし、物質と精神が独立自存しているのでなく、物質と精神が不可分のものとして存立していると捉えるところに、『風土』論の特徴がある。つまりその土地々々の人々の感覚、記憶、言語、習慣、信仰、制度、価値観は、土地の気候や地形、歴史や生活の形と切り離しては存在しえぬものとして存立していると捉えるのである。
 例えば、「寒い」という経験を考えよう。寒さのなかで人は身を縮め、「寒い」という言葉を使い始めると同時に衣服を重ね、火を囲み、家を閉ざす。そこから建築の形式が生まれ、食事の在り方が生まれ、人の集まり方や季節の過ごし方が生まれ、そして「街」がつくられる。それらは外面的な生活様式にとどまらず、人が何を心地よいと感じるか、他者とどのような距離を取るか―という精神の形をも育んでいく。
 自然は人間に作用し、人間はそれに応答しながら生活の形をつくる。同時に人間も、建築や土木、まちづくり、国づくりを通して自然へ働きかける。この意味で風土とは、自然と文化、物質と精神、人間の内面と外界とを分ける以前の、「総合的生態系」なのである。
 ベルリンを歩いていると、この関係が至るところで目に入る。幅の広い歩道、重厚な石造建築、街路樹の連なり、冬の寒さを前提とした窓や暖房、日照を惜しむかのように屋外の席へ集まる人々。こうしたものは、自然環境から機械的に導き出されたのではない。歴史、政治、技術、経済、宗教、戦争の記憶などが幾重にも折り重なり、一つの生態系をつくり上げている。
 そしてそれらは単なる「物」ではないのだ。建物や街路は、歩く者の速度、視線、姿勢、他者との距離を方向づける。人々の精神は制度や建築、都市の景観として外に現れ、その外界が再び人々の感覚や精神を形づくる。
 旅行者は、風土を理解する以前に、まず身体によってそれに出合う。道を渡るタイミングが分からない。店員との距離の取り方に戸惑う。日曜日に店が閉まっていることを不便に感じる。こうした小さな戸惑いは、自分が当然だと思っていた生活の作法が、決して普遍的なものではなかったことを知らせてくれる。
 外国に出ることの最も重大な意味は、異国という鏡を通して、自分が無意識のうちに身につけていた風土を発見するところにある。日本にいるとき、私は日本の風土をほとんど意識しない。しかし、異なる空気のなかに身を置いたとき、私は初めて、自らがどのような光、音、匂い、距離感、沈黙、礼儀によって形づくられていたのかに気づく。
 「自分」そのものが、風土の一部なのである。自分というものそれ自身が、「自」ずからの方に「分」け与えられたものに過ぎないのだ。それは、生態系と個々の生物との関係に似ている。沖縄の海には沖縄の海の生態系があり、アラスカの海にはアラスカの海の生態系がある。同じように、日本には日本の、ドイツにはドイツの風土があり、そこで生きる人々の身体と精神を形づくっている。
 5年ぶりの訪欧で、自分はベルリンという異国の街だけを見ていたのではない。ベルリンという鏡に映った日本と、その日本によって形づくられた自分自身を見ていたのである。