日本は戦争で全土が焦土と化す痛手を受けたが、朝鮮戦争などの幸運もあったとはいえ、やはり戦後の復興は目を見張るものがあった。そして、その後、自民党と社会党という政治の左右対立がありながら、GDPは年率5~9%程度の高度成長を維持して30年間で国民所得は10倍になり、〔ジャパン・アズ・ナンバーワン〕とまで言われるようになった。
 もちろん日本の目覚ましい発展は戦後だけではない。モンゴル・朝鮮軍を退けた鎌倉武士、高度に都市文明が発達した江戸時代、そして世界が驚いた日露戦争の勝利など、日本は地理的には極東であり、土地面積や人口は決して多くなかったが、有色人種の中で現在に至るまで「繁栄を続けた先進国」として世界的にも尊敬を集めてきた。
 しかし今、日本は「眠っている」と言われ、世界的に評価されてきた産業も停滞しているとされている。でも、ここが踏ん張りどころだ。生来、控え目で謙虚な日本人であるがゆえに、反発心も目立たず、そのためか最近ではゆえもない非難を隣国から浴びせられている。だが、もっと問題なのは日本人の文化人が自国の日本を非難していることだろう。
 皇室典範が改正されたこの機会に、この地で築かれてきた文明が、世界でも優れていると評価を受けて「八大文明」の一つとされ、かつそれが他の文明とは違って「一国一文明」である理由、そして、それが産業に及ぼした影響を考えてみた。

気質と言語の特質


 日本の繁栄の歴史は偶然ではない。世界の一流国として長く続いてきた原因ははっきりしている。
 日本国と日本社会、それに日本人の基本的な気質が決定したのは、4万年前から始まった石器時代、それに続いた1万年以上続いた世にも珍しい「戦争のない土器時代(縄文時代)」であり、その時代に発展した“3つの宝”に求めることができるだろう。
 それは、「探究心」「日本語」そして「神道」であろうと思われる。
 4万年前から明瞭な形で発展した日本の石器時代は、極めて早いスピードで、石の技術が進んだ。
 特に伊豆七島の神津島で採取された黒曜石を中心とした極めて高度な石器と、当時日本にいたナウマン象やヘラジカなどの大型哺乳動物を捕獲する落し穴など独特で極めて高度な技術が作りだされていった。
 かつ、当時の集落は円形にできていたが、そこにはほとんど同じ大きさの住居が並び、共同で作業する作業場があるという平等性を持っていた。
 技術者である著者から見ても、鉱物の取得の仕方、定期的な運搬、加工の施設など技術面は相当高度であり、進歩も早い。何によってそれらがもたらされたのか?
 それは日本人生来の探究心、そして現在の産業業界でも積極的に採用されている集団的な作業などが、数万年前から活発に行われていたことによると考えられる。
 数十年前の日本の高度成長期において、産業界が熱心に推進していたグループ活動や、その他の生産体制の構築とほぼ同じことが、遠く4万年前から採用されていたのである。そして、その平等性・集団性を確固たるものにしたのは、世界でも珍しい日本語という言語であった。
 言語というのは〝音声〟で行われるものなので、石器時代や土器時代にどのような言語が用いられていたかという証拠はまだ出ていない。しかし、共同作業場の構造や、社会的インフラ整備などを見ると、かなり発達した言語を使用しないと作れないものであり、現在の日本語と大きくは違わないと考えられる。
 ところが言語学の世界では、日本語はわずか40年前まで、世界7000語の中では「未発達な言語」とされていた。主語がはっきりしないこと、述語が文章の終わりに置かれることなどから、〝はっきりと自分の意思を述べる〟には不適切な言語であり、だから未発達な言語だとされたのだ。
 ところが、コンピューターの発達によって言語をデジタル化する研究が進展。日本語は〝自らの意思を強調〟するためのコミュニケーション・ツールではなく、集団で作業するときにコンセンサスを取るものとして発達してきたということが判明。日本語は言語のレベルとして上位に位置づけられるようになった。
 日本語がそうした特徴を持つのは、石器時代における平等性、集団でのアイディアの重視などが、言語体系に影響を及ぼしたものと思われる。

根底にある「神道」


 そして第3の特徴は、これら平等性、「和を以て尊しとなす」という考え方などの概念を形成した、自然を極めて精緻に観測し、理解し、そしてそれを生活や人生の中心の心の支えにする「神道」の成立であろう。
 神道は最近まで日本独自の宗教であって、原始的なものであると認識されていた。しかし最近では、アメリカにおける宗教の混乱とともに、日本人がクリスマス(キリスト教)を祝い、除夜の鐘(仏教)を大切にし、かつ自然に対する敬意に重きを置いているのはなぜかという研究が進み、神道こそが日本に発展をもたらした基本思想だったとの研究が盛んに行われるようになってきた。
 今、まさに日本の社会、産業は節目を迎えている。日本の長きにわたる発展の要因を探り、それを明らかにするために知力を集める時期ではないだろうか。