韓国は隣国であるだけでなく、他の近隣諸国であるロシア、北朝鮮、中国と違い、平和と民主主義を希求するわが国と同じ価値観を持つ。だから、日韓が最大級に友好的な関係を築くことは、どちらの国にとっても極めて重要な外交課題であるはずだ。昨今のように複雑な国際問題が多発する時期には、ことさら必要性は強くなる。
 にもかかわらず、なかなかそれは実現しない。それは言うまでもなく、両国の間に横たわる過去の歴史が原因だ。ことに、1910年の日韓併合から45年の韓国独立回復までの35年間は、日本が強権的に朝鮮半島を支配し、日本の領土の一部として統治した。「三一運動」などの独立運動弾圧、従軍慰安婦問題などの忌まわしい記憶を払拭できない限り、真の友好関係は結べないだろう。
 事実、韓国歴代の大統領たちは、日本政府側が過去の歴史を直視し謝罪の気持を見せることが、日韓友好へ進むための必要条件だと表明してきた。日本側も、それをずっと無視していたわけではない。93年には宮澤喜一内閣の河野洋平官房長官が「河野談話」という形で慰安所の設置・管理及び慰安婦の移送について日本軍の関与を認め、「おわびと反省」を表明した。
 さらに95年の戦後50年式典において、村山富市首相が閣議決定に基づいた声明として「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするがゆえに、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受けとめ、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と述べた。「村山談話」として知られる。
 そして98年には、小渕恵三首相が金大中大統領との日韓共同宣言「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」を発出するにあたり、「わが国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」と記されている。
 それを受け、「金大中大統領は、かかる小渕総理大臣の歴史認識の表明を真摯に受けとめ、これを評価すると同時に、両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である旨表明した。また、両首脳は、両国国民、特に若い世代が歴史への認識を深めることが重要であることについて見解を共有し、そのために多くの関心と努力が払われる必要がある旨強調した」――と、共同宣言は当時の模様を伝えている。
 これを受けて金大統領は日本の国会での演説の中で、1945年以来続いていた日本の大衆文化の流入制限を撤廃すると発表した。それ以来、段階的に制限は緩和され、2004年1月にはテレビドラマを除く全てが開放されている。日本側も、この04年と1965年の日韓国交回復後40周年となる05年の2年間、両国間の文化交流に乗り出すことになる。
 当時文化庁の役人だったわたしは、河合隼雄文化庁長官の強い意向に従い、この業務に全力を尽くした。その結果はご存知の通りだ。日本の漫画やアニメが韓国でヒットし、韓国のドラマや音楽が日本人を魅了するようになると、両国民が両方の文化を享受し、互いに認め合う関係が進んでいったのである。
 2年間で30回近く彼の地を訪れただろうか。政府同士の交渉だけでなく、映画界をはじめ漫画、音楽、伝統芸能、キャラクターデザインなど幅広い分野の韓国文化関係者と会い、議論し、交流の在り方を探っていった。河合長官自身も、10数回渡航し「心理学者・河合隼雄」ファンの多い韓国で積極的に活動してくださった。こと文化交流に関しては、両国の関係に長足の進歩をもたらしたと思っている。
 しかし政治の方は、友好関係に画期的な一歩を踏み出した小渕・金大中の時代が00年の小渕急死によって突然終わってしまうと、また元に戻っていく。
 小泉純一郎首相は、就任直後の01年から毎年靖国神社を参拝し、最後の06年には終戦記念日の8月15日に公式参拝している。現職総理大臣がこの日に公式参拝するのは1985年の中曽根康弘首相以来21年ぶりであり、韓国や中国から、時計の針を大きく元に戻したと見られても仕方ない振る舞いだった。
 その後の歴代首相も、村山首相や小渕首相のような「反省とお詫び」とは無縁だった。わずかに鳩山由紀夫首相だけが、09年の就任3ヵ月前に民主党代表として訪韓した際の李明博大統領との会談で「私たちは過去の歴史を直視する勇気を持ち、侵略や植民地化を美化しない。ナショナリズムのとりこにならないことが大事だ」と述べている。就任直後の首脳会談でも、両首脳はその歴史認識に基づいて両国関係を新しいレベルでもう一段階飛躍させることに合意しているのだが、鳩山政権が短命に終わったため具体化していない。
 ことに第2次安倍晋三政権では、13年の靖国神社参拝が問題になったのに続き、18年になると、韓国最高裁がいわゆる「元徴用工訴訟」で日本企業に賠償命令を出したことに始まり、徴用工問題や慰安婦問題がこじれ、日本側が輸出規制を強化したのに対し韓国では大規模な日本製品不買運動が起きるなど、安倍首相と文在寅大統領の時代は【最悪の日韓関係】と呼ばれる事態へと至る。
 さて、この状態をどうやったら変えることができるだろうか。
《次回へ続く》