東京都千代田区隼町にある国立劇場を御存知だろうか。
場所は、お堀を挟んで向かいが皇居、隣は最高裁判所という格調高い一等地だ。
60年前の1966年に開館し、歌舞伎、日本舞踊などの大規模な公演が行われる大劇場と、文楽、邦楽、日本舞踊(小規模公演)、琉球舞踊、雅楽、声明などの公演のための小劇場が設けられた。
後の79年には敷地内に隣接する形で、落語、講談、浪曲、漫才、太神楽(曲芸)などの演芸公演を行う国立演芸場が開館しており、幅広い分野の日本の伝統芸能を網羅した、国を代表する劇場エリアとなっている。
ところが2023年10月、3劇場が一斉に閉鎖され、3年後の現在も、何の公演も行われず廃墟同然の状態となっているのだ。
表向きの理由は、老朽化による建て替えということになっている。たしかに、築60年になろうとするのでは不具合も出てくるだろう。改築のため休業もやむを得ないのかもしれない。
しかし、改築後の青写真を見て唖然とさせられた。新しい国立劇場は、なんと高層ビル化されるというのだ。大劇場も小劇場も国立演芸場も、全部その巨大ビルに入る。しかも、上層階は外国人観光客目当ての高級ホテルなどを入れるよう設計されている。なるほど、まだ築37年の国立演芸場まで改築の対象にされたのは、そういうことだったのか。
要するに、ホテルとテナント契約して国立劇場ビルに金を稼がせようというわけだ。これまで古典芸能の総本山としてそびえ立ち、それぞれ風格を漂わせていた3つの劇場は、味気ない高層ビルの低層階にひっそりと舞台を構えることになる。なんともいじましいプランではないか。
だが、そんな安直な皮算用通りにはいかない。結果は無惨なものだった。閉鎖に先立つ22年に行われた国立劇場再整備等事業に関する建設業者などの入札では、参入を期待した民間企業から相手にされず、業者決定不成立の「入札不調」。閉鎖直前の23年に行われた2回目も「入札不調」。閉場時点において、国民の皆さんや関係者に対しては、再建の見通しもないのに「29年秋完成予定」と喧伝していたことになる。
そんな嘘はつき通せるはずがない。計画を根本的に見直さねばならなくなり、検討に追われる中、25年9月には「33年度内に再開場」と4年以上もの延期を発表する羽目になる。しかも、わずか3ヵ月後の12月には「完成予定は36年3月」となる有様だ。
見通しもないのに一斉閉場した挙げ句、再開を29年秋→33年度末→36年3月と、まるで借金返済の言い訳みたいに延ばす一方ではないか。結果、古典芸能の総本山は、12年半にわたって廃墟同然の状態となってしまう。いや、それも、今年3月に公告された3度目の入札が成立した場合の話なのである。次も「入札不調」なら、さらに先へ延びるわけだ。再開場の見通しは皆無に近い、というのが本当のところだろう。
国立劇場へ通っていた古典芸能ファンはもちろん、歌舞伎、文楽、邦楽、日本舞踊、琉球舞踊、雅楽、声明、落語、講談、浪曲、漫才、太神楽など、あらゆる分野の関係者にとっては、憤懣遣る方無い状況である。
どうしてこんなことになってしまったのか―国側からの説明も不十分だから、怒りは増すばかりだ。
こうした理不尽な状況は、古典芸能だけに終わらない。今年2月には、他の幅広い文化芸術分野にも及ぶ国の指針が示された。
今度の対象は、国立博物館・美術館に関するものだ。2月27日に文化庁の策定した中期目標(26~31年度)が物議を醸している。これは法律に基づき、各施設共通の4大業務である収集・保管、教育普及、調査研究、展示の在り方について、最終年度へ向けて達成すべき目標を、具体的数値を交えつつ示した文書だ。国が求める努力目標といっていい。
ただ、そのうち入場料等の自己収入が見込める展示業務においてだけは、これまで概ね50%程度だったのを一律65%以上という厳格な指標を定め、これを満たさぬだけでなく40%を下回っているような場合には、その施設を「再編の対象とする」とした。この箇所が問題視された。「再編」イコール「閉館」と受け取られ、稼げない施設は潰される「売り上げ至上主義」ではないかとの批判が沸き起こったのである。
科学博物館だけは独立行政法人(以下「独法」)「国立科学博物館」が固有に運営しているのだが、博物館系8館は独法「国立文化財機構」、美術館系7館は独法「国立美術館」が総合的に扱っている。文化庁としては、その内部における各館のウエイト等を見直すのを「再編」と表現したらしく、閉館ではないとの弁明に追われた。
さらに6月には、「国立美術館」に属する国立映画アーカイブが財政難を理由にクラウドファンディングを始めたため、政府からの運営交付金削減が原因ではないかと疑われる事態となる。実は運営する独法への交付金自体はむしろ微増しており、これは独法内部の配分の在り方に起因するものだと、文化庁は打ち消しに懸命だ。
たしかに、それらの弁明に嘘はないだろう。元文化庁職員として、資料を精読するとそう判断できる。
ただ両ケースとも、国民や関係者にそう思われたとしても仕方ない。その根底にあるのは何か。国立劇場問題にも共通する政府全体の文化に対する考え方が、近年になって大きく歪んでいるのである。
それは何なのか。次回明らかにしていきたい。
〈この項続く〉































