「現在の世界情勢はロシアのウラジミール・プーチン大統領にとって夢のようなシナリオに見える」 
 ポーランドのドナルド・トゥスク首相は4月2日、警戒感を込めてソーシャルメディアにそう投稿した。その言葉通り、泥沼化する米・イスラエルのイラン攻撃で勝者となるのはロシアだとする見方が広がっている。
 イラン戦争によって世界で最も重要なエネルギー資源の動脈であるホルムズ海峡が事実上封鎖され、原油価格が高騰しているからだ。紛争前の60㌦台から一時は110㌦台を超える水準まで上昇。ロシア産原油も一時95㌦を超えて取引されている。
 世界有数のエネルギー輸出国であるロシアにとって、原油価格急上昇はウクライナ戦争の資金調達や苦境に陥っているロシア経済に追い風だ。
 それだけではない。エネルギー市場の混乱を避けるため、ロシア産エネルギーに対する制裁も一時的だが緩和され、結果的に欧州は敵対国であるロシアへの依存度を高めることになる。
 さらには、トランプ大統領のNATO批判や欧州の離反はロシアにとっては有利な展開になっている。西側諸国の指導者よりプーチン大統領といる方が居心地がいいトランプは、NATO同盟からの脱退をちらつかせるとともに、ウクライナに領土で譲歩するよう圧力をかけ続けている。戦局が膠着しているプーチンにとっては好都合だ。

揺らぐプーチンの足元


 そもそも両者はグローバリズムを敵視する世界観を共有している。自らを全権の王と見なし、他国とのゼロサムゲームで自国の国力と自己の富を増やそうとしているのだ。国際法の枠組みや自国の法制度など眼中にない。
 だが、9日にモスクワの赤の広場で行われた毎年恒例の対独戦勝記念式典は兵士のみの行進に大幅に縮小され、現れたプーチンのむくんだ顔は酷く衰えてみえた。ウクライナ軍による首都爆撃の懸念と、ロシアの中東最大の友好国であるイランが攻撃されているからだろう。
 プーチンはイスラム政権の存続を最優先している。その証拠に昨年末、米・イスラエルのイラン攻撃情報を察知したロシアはすぐさまイランに通報している。だが最高指導者ハメネイ師は十分な対策を取らず、イスラエル軍の空爆を受け死亡。ハメネイの次男で後継者のモジタバ師も同日の空爆で重症を負い、一部の海外メディアによれば、モスクワの特別な施設で手術を受けたという。プーチンがいかにイランを重視しているかを示唆している。
 プーチンの憂いはそれだけにとどまらない。長期化するウクライナ戦争とわずか1年半のうちにシリア、ベネズエラ、イランの3つもの準同盟国を失った大統領に対して、国内の保守勢力の不満が鬱積しているからだ。元KGB工作員のプーチン大統領が常に疑心暗鬼な人物であることは既によく知られている。平静を装っていても内心穏やかではあるまい。
 地元メディアによれば、大統領は暗殺やクーデターへの懸念に頭を悩ませており、ロシア連邦警護庁(FSO)は大統領周辺の警備を強化しているという。
 2003年にイラクでサダム・フセインが失脚して以来、プーチンは政権転覆に常に恐怖を感じてきた。いつか自分も打倒されるかもしれないという恐怖だ。リビアの独裁者ムアマル・カダフィが凄惨なリンチを受け、遺体が兵士たちに引きずり回される映像にも動揺していたという。
 欧州の情報機関に近い情報源からCNNなどのメディアに提供された報告書によると、ロシア政府はプーチン大統領の身辺警護を大幅に強化し、側近の自宅に監視システムを設置した。これは相次ぐロシア軍高官の暗殺事件と、クーデターの懸念が高まったことを受けてのことだという。
 ボディガードは大統領の公務日程を完全に管理しており、軍事関連の場所への訪問は事実上すべて禁止されている。プーチンの側近は誰も携帯電話を持つことを許されず、インターネットに接続できない端末のみが許可されている。さらには料理人、運転手、清掃員の自宅には監視システムが設置され、公共交通機関の利用が禁止されている。
 大統領と彼の家族は従来の住居に住んでおらず、この文書によれば、プーチンはロシア南部各地に点在する地下壕で執務を行っているという。

ロシア国内の変化


 これらの情報は、深刻化する経済の疲弊、反体制派の台頭、ウクライナでの戦況悪化などに直面するプーチン政権内部の不安の高まりを示唆している。一方、情報の公開はロシア政府の不安定化を狙ったものとの見方もある。注目すべきはクーデターの可能性を事前に警告している点だ。政権幹部の内部対立はしばしば語られてきたが、これだけ明るみにされることは珍しい。
 ロシア出身の経済学者で現在はシカゴ大学教授のコンスタンチン・ソニン氏はニューズウィーク誌の取材に対して「今日の世界の指導者のほとんどと比べると、プーチンはドナルド・トランプ米大統領、キア・スターマー英首相、フリードリヒ・メルツ独首相よりも臆病で、自身の安全を過剰に気にしている」と分析している。国民の人気も下降中だ。
 今年4月時点での支持率は、ロシア国営系世論調査機関によると66.7%で、世界的に見れば高い水準だが、ウクライナ戦争開始以来最低の水準となっている。サバイバリスト(生存主義者)の異名をとるプーチンだが、先行きは予断を許さない。