生成AIの活用は既に始まっている。現在、例えばオフィスで定型的業務を担う人々やプログラマーといった「オフィスブルーワーカー」が順次代替され始めていると聞く。
もう10年以上前になる。2012年の3月に私も登壇した東大でのシンポジウムで、ある衝撃的な調査研究結果が紹介された。米国の研究者キャシー・デビッドソンの調査では「15年後の仕事の3分の2は、これから生まれる」という予測がなされたというのだ。
これに関して、当時連載していたビジネス誌で私は次のように書いた。
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「サイバーセキュリティの専門家、モバイル機器のアプリソフトの開発者、ソーシャルメディアの管理者、幹細胞研究者、ロボティックス技術者、そしてシミュレーション技術者…、この調査では、現在、最も活躍が期待される職業が一昔前に存在していたわけではないことを指摘している。ビッグデータのアナリストやビジネスモデルのデザイナーも昔はなかった。逆に多くの職業が消滅あるいは絶滅危惧化する。かなりの驚きである。デジタルネットワーク技術の開発が加速し、グローバル経済が急拡大する大変革期では、職業生態系も新陳代謝を加速せざるをえないのだ。
(『週刊東洋経済』2012年10月6日号)
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生成AIの登場で、現在この指摘は現実化している。さらに生成AIロボットにより、この指摘範囲は拡大して、例えば工場の技能工や作業員の仕事に置き換わっていく。
「技術」とは何か ?発明と発見?
今回取り上げたい生成AIロボットの衝撃は、技術と技能の関係および技能承継に関することである。そのための準備として、まずそもそも「技術」とは何かを確認しよう。
技術という「知見」とはどのように生まれ、どのようにして「技術」と認識されるのだろうか。
端的に言えば、少々小難しい言い方で恐縮だが、「技術とは相互に関係する。“もしXXすれば、YYになる、あるいは“もしxxすればyyにできる”という、言明の集合体である」というのが私の長年の主張である。つまり、技術とは因果関係に関する知見の塊なのだ。
事象をよく観察し、そこに因果関係に関する知見を見いだすことが「発見」となる(理学的あるいは科学的知見の獲得)。リンゴが樹の枝を離れれば(もしXXすれば)、そのリンゴは必ず地上に落ちる(YYになる)。それが万有引力の法則の「発見」を導いたのだ。
また逆に、ある創発性をもたらす因果関係化を見いだせれば、それが「発明」となる(工学的あるいは技術的知見)。この因果関係は、決定論的な因果のみならず、確率論的な因果(もしXXすれば、ある確率でZZが生じる)も含まれうる。
そのような発見や発明を、因果関係の形式で知見として表現できれば、それは特許明細のクレーム(主張点)になるだろう。つまり「発見」や「発明」が特許対象(技術思想)として認められる。
例えば、ある物質を発見して、その機能を特定できたならば、それは科学的・理学的発見である。他方、ある機能を担う物質を人工的に合成できたら、その処方や製法は工学的・技術的発明になるということだ。そして新規物質を発見したり・発明できたりすれば、それは物質特許になりうる。
因果関係が直截的に成立できなくても、ある確率として生じるという確率論的特定ができれば、それは「パラメータ特許」の対象となるだろう。ただし、いずれの場合においても、前提は「再現性」があることである。
因果関係と再現性だけでは発明とは呼べない場合もある。新規性・進歩性が問われるからだ。技術的知見のどの側面が新規性として捉えられ、それがどの程度の進歩性を持つと言えるのか、それによって技術の価値(特にビジネス的側面)は変わるだろう。
いずれにせよ、このように得られた知見は “もしXXすれば、YYになる/できる”という言明にできれば、それは「技術」、そして「発明」になっていくのである。逆を言えば、「因果関係化によって“技術”は“技術”として認識される」のである。
技能」とは何か ~身体知・暗黙知~
では、「技能」とは何か。もし、「言語知(形式知)化された技」を技術と呼ぶならば、暗黙知的に身体知化された技術は「技能」と呼ぶ。
例えば、大谷翔平の打撃技術と呼ばれているのは、彼に暗黙知的に身体知化している能力を指す。なので、正確には、「技術」ではなく、移転し難い属人的な「超技能」と呼ぶべきなのだ。
ただし、日本語の「技術」という言葉には、文脈によってエンジニアリング(産み出す技術)、テクノロジー(産み出された技術)、スキル(技法・技能・技芸)等が混在している。例えば、「ものづくり日本」という言葉で表現されているのは、どれもが含意されているようだ。
暗黙知を属人的に保有する人を、一般的には「職人」と呼ぶ。先人の編み出した技能(技巧・技芸等)は、まさに職人芸だ。
修業や模倣により伝承されるものの、特に個性的・独創的な身体知・暗黙知を継承することは極めて難しい。つまり、職人とは、五感を研ぎ澄まして、「もしXXすれば、YYになる/できる」ことを身体知・暗黙知的に熟知している人なのだ。そして、その最高度の技能を習得した人は、重要無形文化財の技術を高度に体得しているとして、一般的には「人間国宝」と呼ばれるのである。
ここで前回ご紹介したNHKのテレビ番組を振り返ってみよう。
『探検ファクトリー』で訪問する先の工場は、町工場で道具による技能生産をウリにするところでも、必ず機械生産の工程がある。他方、先端的な機械生産を行っている大工場でも必ず最終的な仕上げの技能的な加工工程がある。
『ウルトラ重機』では、モノづくり先端技術の粋と言える機械(しかも巨大なロボット)を操縦するのは成熟した技能を持つ職人である。
『解体キングダム』では、逆の「モノばらし」であっても同様に、最先端のロボットを操縦するのは、極めて高度に習熟した職人である。
つまり、先端的なモノづくりとモノばらしでも、習熟した操縦技能あるいは仕上げといった「技能」が求められているのだ。つまり最先端技術と最高難度の技能の両者が相まって成立しているのだ。では、その技能をどう開発し、どう継承するのか。それがどう生成AIロボットと関係するのか。それらは次号で。
(本項続く)























