八:相変わらず、地域にクマが出没して迷惑をかけやがる。熊、お前何してんだよ、さっさと仲間連れて、冬眠しやがれっての。
熊:先月の戯れ言を繰り返してどうすんだよ、バシッ。
八:それにしても、オレなんか食うもんなくて腹減ったら、さっさと布団かぶって寝ちまうんだがな。
熊:本物のクマは腹減ると冬眠しないで餌を探すらしいな。
蔦重:田舎にクマ、街中は付きまといや辻斬りやらが出没してる。随分、物騒な世の中になったもんだ。
熊:よその国の子供を拐かしたり、ひでぇもんだぜ。

八:ところで、姐さんやっちまったようだな。かの大国を怒らせちまった。
蔦重:はしゃぎすぎて一線を踏み越えてしまった…。
古琴:いきなり大衆の人気を得られたと、舞い上がったんだろな。その勢いで口が滑ったようにも見える。
八:「鎧の下」を見せちまったのかね。
熊:吉原の姐さんがチラっていうのならば、色っぽいけどな。
八:こら! 不謹慎だぞ、バシッ。
蔦重:でも、かの大国のお偉いさんが「首を切り落とす」みたいなことを書いたらしいじゃないですか。物騒にも程がある、下品なモノ言いにも程がある。

一回会っただけなのに「人間関係」?



八:それにしても、姐さんはすごい人だねって噂ですぜ。なんせ、トラ殿様と一回会っただけで「人間関係が築けた」なんて、のたもうてんだから。
蔦重:そうだね。他の国々の殿様たちとも会って、どの人とも「人間関係が築けた」みたいなことを言っている。本当かね。
熊:一回会っただけで意気投合ってのは、そりゃオレたち、飲んべえの話ではあるけれどな。
八:金の貸し借りやら何やらまでできるようになるまでには、どんだけ付き合えばよいのか。オレたちだって長屋で毎朝・毎晩顔を突き合わせて、はじめて金の貸し借りができるような「人間関係」ってぇのが普通じゃねぇのか?
蔦重:魑魅魍魎も逃げ出すくらいの世界の殿様たちだ。一回会っただけで、人間関係なんて築けるもんですかね?
古琴:先の世には、「ロン」「ヤス」なんて呼び合う関係がすぐにできた、なんて妄想みたいな話があるそうだが、それは「気が合った、話が合った」ってことだけで、人間同士の深い信頼関係なんてえのは眉唾に聞こえるね。何より政事を通して、自然と信頼が増してくるのが普通。地道な誠意ある外交の積み重ねが信頼獲得の常道なんだがな。
蔦重:でも、かの大国とわが国とは、昔から近寄ったり、離れたりしてるんですよね。
古琴:確かに。大昔は朝貢、つまりかの大国に貢ぎものをしていたんだよ。「冊封体制」といって、単にかの大国に媚び諂って関係を築くだけではなく、見返りの品や印鑑やら貿易の許可を得るといった、わが国にとっても得なことがあったからなんだ。ところが、聖徳太子が「日出処の天子」と称して、対等な立場を主張したら、かの大国の大殿様の逆鱗に触れたこともあった。
蔦重:その前、わが国はヤマトと称していたけど、これ以降は日本「ひのもと」と言うようになった。「にほん、ニッポン」と読むのはそのはるか後。
古琴:さすが耕書堂、よく知っているね。
蔦重:さらに、遣隋使、遣唐使と続いて、かの大国の文明と文化を取り入れるのに熱心な時期と、関係を消極化して国を閉ざしてしまう時期が交互になる。
古琴:そのとおり、公的には「鎖国」と「開国」が交互になる。実際には常に密貿易などが盛んにあったらしいけどね。今だって、密貿易で儲けている藩はいくつもある。
蔦重:「鎖国」をしている時は国文化、和文化が盛んになる。和文字が普及して和歌やなんかが広まる。お陰様で、私共も稼がせていただいています。ありがたやまでさぁ。
古琴:この先、琉球が藩として日本に組み込まれ(注:1872年)、さらに沖縄県(79年)になるそうだ。それが、さらにその先に起こる日清の大戦の要因の一つになってしまうらしい。台湾を植民地にして、さらに日本とかの国の関係は悪化。さらに満州事変ということが起こって、わが国はかの大国に攻め入って植民地にしようとする。
熊:え、あんなでけぇ大国と戦をするんですか?
八:昔、かの大国が「元寇」といって、わが国に攻め込もうとしたことの仕返しですかい?
古琴:いや、そういうわけではないのだが、単に、西洋列強にかの大国をとられるならば自分達がとっちまおうってことらしい。
蔦重:この先、下品なことをしちまうようになるってことですかね。

拝外と排外を行ったり来たり



古琴:いずれにせよ、わが国とかの大国は、尊敬と軽蔑の時期が交互にあるということだな。
 熊:俺も女房が可愛くみえるときと、うるせい奴だと嫌なときがあるな。
 八:可愛さ余って、憎さが百倍ってやつもある。でも、それとは違うかもしんねぇな。
 古琴:エゲレス国の言葉で「コンプレックス」てぇのがある。本来は「複雑」ということを言うのだが、わが国では主に「インフェオリティ・コンプレックス」すなわち劣等感を指すだけで使われるようだ。だが逆に「スーペオリティ・コンプレックス」すなわち優越感というのもあるのだよ。
蔦重:ってことは、それが交互に出てくるということですかい?
古琴:どうもそのようだな。ただし、それはかの大国だけに対して出るだけではない。西洋の国々に対しても、それが交互に出るようだ。
蔦重:つまり、わが国は外の国に対して、複雑な感情を持ちやすくて、それが交互に極端に出やすいってぇことですかね。
古琴:たとえば「アングロ・フォビア」は「エゲレス怖い・嫌い」という意味だし、「アングロ・フィリア」と言えば「エゲレス敬い・好き」という意味だそうだ。
熊:そういや、よく江戸に出て来てすぐの奴が「江戸ってすげぇ」と感心していても、しばらくすると「江戸嫌い」になっちまうことがあるな。
八:そうだな、やたら「お国自慢」ばかりしたがるようになっちまう。なら、国に帰りゃよいと思うんだけど、それも嫌らしい。オレたち江戸っ子から見ると面倒くせぇんだけど。
蔦重:こういった、やたら拝みたがる「拝外主義」と、やたら悪く言う「排外主義」を越えねえといけねってわけか。どちらも適度な間合いを置く「対等主義」が求められているってぇことですね。
古琴: そうだな、「アメリカ一番」というトラ殿様と、三千年におよぶ「中華思想」のかの大国。その突っ張り合いの間で、わが国はどうするのかってことだね。