たった1年足らずで、また首相交代騒動だ。今の政治には、与党のみならず野党側にもウンザリさせられる。
 あの1990年代には、曲がりなりにも未来の社会をどう作っていくかの議論が政治の場にもあった。森喜朗政権以降の自民党にはそれが失せてしまっても、野党だった民主党が政権を取った09年には、「新しい公共」というキーワードで、政府にだけ頼るのではなく国民自身も公共の担い手として社会を支えようという提案があったのだが…。
 今、与党は国民に2万円配るとか、野党は消費税減税とか高校無償化とか、目先の話しかなくて呆れてしまうばかりだ。たしかに物価高対策は必要だが、もっと大きな社会構造の議論をすべきではないだろうか。次期自民党総裁候補となりそうな連中からも、そんな大きな構想が全く聞こえてこない。石破首相には多少期待したのだが、スローガンが「楽しい日本」? そして、何の未来像も示さないまま去っていく。誰が首相になっても変わらない国なんて未来は暗い。

失われた〝政治〟


 日本の政治は、森喜朗政権以後「失われた25年」だと思う。
 先日、「石破降ろし」の最中に行われた週刊誌の企画で〈戦後80年「最高の総理」「最低の総理」〉という企画があり、意見を求められた。長文の回答を出したのだが、当然のことながら誌面には集計結果と短くまとめられたコメントしか掲載されなかったので、ここに記しておきたい。

①今、総理に必要とされる能力はどのようなものだと思われますか。
 日本国憲法下のこの国は、立法・行政・司法の三権によって運営されている。小泉政権から民主党政権、安倍政権とこの3つの政権下の誤った「政治主導」で行政の機能が無残に崩壊し、安倍政権では司法までもが骨抜きにされてしまった。幸い司法の方は機能回復しつつあるが、行政の方は能力低下の一途だ。今、総理に最も必要なのは、政治家として政権のトップであると同時に、行政府のトップとして行政組織すなわち官僚たちに国民のため最大級の力を発揮させる政府運営能力である。それでこそ、20世紀までの日本がそうであったように、立法(政治)・行政・司法の三権分立がみごとに国の力となる。

②戦後の総理大臣の中で評価される方(最高の総理)について、上位「3人」をお教えください。
 1小渕恵三 2中曽根康弘 3大平正芳
 3は、既に70年代末において経済成長社会の次を考え、「田園都市構想」をはじめとする未来構想を霞が関に対して提示し行政府の奮起を促したが惜しくも中途で死した。 2は、閣僚時代から「土光臨調」を操って明治以来の予算中心の行政システムを政策中心に切り替えた。その上で科学政策ではいち早くがん研究を推進したり、教育政策では21世紀社会を見据えた教育改革といった指針を官僚たちに明確に示した。
 このアンケートでは恐らく評価の低い1は、21世紀へ向けての対韓国をはじめとするアジア外交の構想をはじめ、各省庁が出す未来へ向けての新しい政策を積極的に支持、応援してくれた。3と同じく中途で斃れたが、もし小渕政権がもっと続いていればこんな日本にはならなかったはずだ。

③戦後の総理大臣の中で評価できない方(最低の総理)について、上位「3人」をお教えください。
 1安倍晋三  2小泉純一郎  3橋本龍太郎
 1は①で述べたように行政、司法を崩壊させる「政治主導」を行った。
 2は、それに先立ち「政治主導」を掲げて郵政民営化など民間重視の新自由主義を広げてしまった。
 3は「政治主導」こそ標榜しなかったが、2001年からの省庁再編を決めたことが行政府の力を弱めた。1府22省庁から1府12省庁へ半減させたのは、行政の合理化がお題目だったが、大臣の数は変わらず、合併した省庁では次官級ポストが減るどころか、厚生労働次官と並び旧省庁である厚生省、労働省を代表する2人の次官級審議官ができるなど、むしろ増えている。各省庁が独立しつつ連携し、政策立案に切磋琢磨する中曽根行政改革を、橋本「行政改革」はぶち壊してしまった。
 もちろん、政治学者でも歴史家でもないわたしの意見や評価は、それらの視点ではなく、50年前に霞が関で働くようになってからの半世紀、政治と行政の関係に眼を向けてきた者としてのものであることは言うまでもない。吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄らを評価できる立場にはないわけだ。
 というわけで次回は、「失われた25年」の前の小渕恵三政権について詳述したい。