恐らくこの一文が皆さんの目に留まる頃にはその結果が出ていることと思うが、原稿執筆時点(9月25日)の今、永田町は自民党総裁選一色の状況。総参戦序盤ではそれぞれの候補者が失点を恐れてのことなのだろう、安全運転に徹した言動に終始し、候補者間の政策論争も全くと言っていいほど盛り上がらず、不気味なほど静かな総裁選となっている。
 そうした中にあって、現時点での最有力候補は間違いなく小泉進次郎農林水産大臣であることは衆目の一致するところだろう。しかしその最有力候補ですら、総理総裁に就任した際に一体何がやりたいのか、さっぱり見えてこない。加えて小泉氏を担いでいる各自民党国会議員が、どのような狙いや期待から氏を支持しているのかも、今のところ具体的な形では伝わってこないのが実情だ。
 その小泉氏だがよほど前回の総裁選に懲りたのか、その主張はまさに八方美人的なものに終始し、小泉らしさは微塵も感じられない。しかしその点については、最有力対抗馬と目される高市早苗前経済安全保障担当相も同様で、選択的夫婦別姓をめぐる問題や消費税減税問題に対する従来の主張については完全に封印し、これまでのところいわゆる高市らしさは全くと言っていいほど影を潜めている。
 こうした空気感は間違いなく国民、有権者にも伝わっているようだ。去る9月24日東京・秋葉原駅前で、候補者全員のそろい踏みで街頭演説会が開かれたのだが、全く盛り上がりに欠ける演説会になってしまった。
 そもそもこの秋葉原駅前は、自民党にとっては「聖地」とされる場所。かつて野党に転落していた自民党が、政権を奪還するにあたって当時の自民党のツートップ、故安倍晋三氏と麻生太郎氏が衆院選挙の最中にこの地に並び立ち、詰め掛けた有権者に支持を訴えかけたのである。その時に集まった聴衆の熱狂が一大ムーブメントとなり、自民党の地滑り的な選挙戦勝利につながっていったとされる。
 恐らく夢や再びとばかりに、自民党の再生と復活を狙ってこの地が選ばれたようなのだが、聴衆の数も熱量も当時とは比べものにならないくらいに大きく見劣りするものとなったことは間違いない。この街頭演説会に参加していた自民党の現職国会議員が、筆者にこうつぶやいた。
 「ここまで盛り上がりに欠ける街頭演説会だったことに、愕然とする。どうやら自民党は有権者から完全に見放されてしまったようだ」と。
 ちなみにこの街頭演説会は、当初の予定より15分も早く終了してしまったのだ。
 なぜ自民党に対する国民世論の期待は一向に高まっていかないのか。最大の理由は自民党が掲げる政策が、国民や有権者の心に全く刺さらないからに他ならない。
 「失われた30年」というお決まりのフレーズからも明らかなように、多くの国民は長引く不況に身も心も大きく疲弊した状況に置かれていると言っていいだろう。にもかかわらず、ロシア軍のウクライナ侵攻に端を発したエネルギーや原材料の国際的な価格高騰によって、日本経済もそれまでのデフレ経済が一変し、インフレ経済へとシフトすることとなったのである。
 日本経済は、不況下のインフレという最悪の局面に突入する可能性が高まっているのだ。にもかかわらず自公政権は、何ら有効な策を打ち出せずにいる。そればかりか先の参院選の最中には、自民党首脳による「消費税を守り抜く」なる国民の神経を逆撫でするような物言いまで飛び出すに至って、有権者は自公政権を見限ってしまったようだ。その点に関して言えば、選挙結果を見れば一目瞭然だろう。
 しかしそれでも政権与党の座にしがみついていられるのは、野党の、中でも野党第一党の立憲民主党の不甲斐なさゆえだ。つまり与党も与党なら、野党も野党なのだ。そうした状況の中だからこそ、国民は国民民主党や参政党といった新興勢力にすがるしかないのだ。はっきり言って日本は、経済面はもちろんのこと政治的にも危機の時代を迎えている。そうした中にあって自民党が出そうとしている、あるいは国民に示そうとしている解決策のメニューが今回の総裁選なのである。
 そしてそれに対する国民の反応は、前述した秋葉原での街頭演説会で如実に表れているとは言えまいか。この演説会のトリを取ったのが、自民党では最も人気があるとされる小泉氏。その小泉氏をして、声援も拍手もまばらで会場は冷めた空気が支配していたと言っていいだろう。もしかすると自民、公明両党は国民、有権者から見捨てられつつあるのかもしれない。
 今回の総裁選の結果によっては、自公両党が政権与党の座から滑り落ちるのもそう遠くない将来にやってくる可能性が高いことを指摘しておきたい。