愛知県知多半島の半田市住吉町に本社を置き、塗料販売、外壁塗装工事業を中心に消防設備の保守・点検・設計なども手掛けています。
 創業は1947年、創業者は私の祖父になります。戦後間もないころで、まだ塗料は高級品だった時代でした。
 初代はもともとガソリンスタンドに勤めていて、そこから塗料を扱い始め、半田に会社を作って、ほどなくして刈谷、名古屋にも拠点を作り、3拠点で事業を行っていましたが、当時は塗料ビジネスが伸び盛りで 参入業者も多く、名古屋からは早々に撤退し、半田・刈谷の2拠点でやっていくことになったようです。
 そして二代目の父(現会長)は、塗料の販売だけでなく、自社での塗装工事や消防設備の保守点検など、事業を進化させていきます。塗料を売っている手前、お客さんに塗装業者を紹介することもあるわけですが、中には会長からするとちゃんとした仕事をしない業者も…。そこで、自分の納得する塗装をお客さんに提供できるように自社で職人を抱え、足場も自社で組んで、外壁工事などを提供するようになりました。
 三代目の私は大学卒業後、主軸商品のメーカー、日本ペイントに入って塗料の根本的な知識を学んだ後、2005年に榊原に入社。うちは初代の時から塗料をメーカーから仕入れて売るだけじゃなくて、調合して色を作ることを社内でやっていて、父は一級調色技能士の資格も持っているのですが、私もその DNA を受け継いでいまして、入社後は営業の仕事だけでなく、色の調合をしたり、職人と交ざって足場を組んだり、塗装もやってきました。

[E:M&Aで拠点を拡大し就職先に選ばれる企業へ」

 三代目として営業を必死にやり、現場のこともやっていく中で、私の中で「もっと大きなことにチャレンジしてみたい」という思いが芽生えていき、6年前に初めてのM&Aをしたんです。
 豊橋市にある同業者で、当社と同じ日本ペイントの看板を掲げた特約店の中でも最上ランクの販売店でしたが、社長がもう高齢で、後継がいない。いいマーケットがあるのに会社をたたんでしまうのは非常にもったいないと思ったんです。そこで私の方から「よかったら私に会社を譲りませんか」と話を持ち掛けました。
 豊橋まで月に2,3回、半年ほど通い、ようやく「分かった」と言ってもらえ、社員もそのまま引き受けました。
 その実績があったことで、今度は新潟の会社をどうでしょうという話を「日本M&Aセンター」からいただきました。近藤塗料という新潟県下で売り上げナンバーワンの会社でした。正直、「新潟は遠いあ」とは思ったのですが、同社には圧倒的な地場の強さがありましたし、空の便を使えば、県営名古屋空港から新潟空港まで50分、向こうの空港からは15分で行け、距離はあるけれどドアトゥードアの時間で考えたら決して遠くありません。同じ日本ペイントの塗料を一番に掲げる会社でもあり、向こうの社長といろんな話をして、「この会社とだったら一緒にやっていけるな」と思えました。
 そうして私の中で“日本ペイントを主軸とした塗料の販売店の買収”が方針として固まりました。その後、福島の会社の買収の話が出てきたり、名古屋の会社の買収の話が出てきたり、順番にM&Aを続け、直近では昨年12月に岡山県の会社を買収、今年もまだまだ買収を続けていきます。さらに今年1年かけて連結の子会社の多くを完全吸収合併して統合し、“榊原の〇〇営業所”というふうに変えていき、全国15拠点ぐらいのボリュームにしていく予定です。
 というのも、いまのままでは各社が“榊原グループの会社”としては機能するんだけど、それぞれが新たな人材を採用しようとしたとき、社員数5人くらいの会社では募集しても応募が来ないんです。でも、全国に15拠点くらいある会社の一部ということになれば、採用面で有利になると思うんです。
そして、単純に塗料を販売することだけじゃなくて、各社が持っているノウハウの共有、技術の共有をすることによって、職人の技術を残していくような仕組みを私が作れたら、これって社会的にものすごい意義のあることじゃないかなとも思うんです。
 塗料って液体のままでは何の価値もないんです。塗装して乾いて塗膜になって初めて価値が生まれる商品です。そして施工する場所、季節によっても使い方が違うし、下地によっても変わってくるので、塗装の仕事は日々トラブルの連続です。塗装で何か問題が起こった時、すぐ解決できるのは地域で長年仕事をしてきた塗料販売店。決して何十億円の資本を持つ大手じゃない。だから私は小さな店を地域にたくさん残していく展開を目指しています。目指すのは売上高日本一とかじゃなくて、拠点数日本一、供給密度日本一です。
いかに塗装現場をとめないか、塗料の供給責任をどう果たすか――そのために人材を採れる組織にし、きちんと収益が上がる仕組みにする。そして2030年の上場を目指します。
榊原卓哉 ポーズP
 

塗料ビジネスは魂を込めて取り組むべきもの



 同友会への入会は2009年ごろです。地域の商工会議所の青年部に入って活動していたのですが、当時そこは地域貢献のことだけを行い、ビジネスの話はノー。そこで経営の勉強ができる団体、ビジネス寄りの話のできる仲間を作れる会はないかと自分なりに調べたところ、「あ、こういう団体があるんだ」と。
 いま、地区会長として支部行事にも積極的に参加させていただいて、県の行事にも、全国行事にも参加できます。「学ぼう」という姿勢さえあれば、すごく学べる土壌がある組織。そこが同友会の素晴らしいところじゃないかなって思っています。
 同友会以外でも、私はいま、日本塗料商業組合というところの青年部の全国会長をやらせていただいていて、会長就任の際には「塗料は国家の血液なり」いう話をしました。塗料がなければ建物はどんどん老朽化してしまうし、クルマや橋など鉄でできているものも全て錆びていってしまう。また、あらゆるところから色彩がなくなってしまいます。だから塗料は国家にとって血液のようになくてはならないもの。それを我々は担っているのだから、もっと真剣にビジネスに取り組み、もっとお客さんに喜んでもらえて、もっと全てのステークホルダーに喜んでもらえる仕事を、魂を込めてやらなきゃいけない――と。
 ステークホルダーとどう関わっていくかということでは、お客さまとの共存共栄でどう経営を成り立たせていくかが経営者である私の仕事と思っていますし、地域貢献ももちろん大事です。そこで私自身、小学校のPTA 役員を何年も引き受け、PTA会長もやりましたし、保護司も30代からやらせていただいます。時間を取られて正直大変ですが、そうしたことに取り組めるのも社員皆のおかげ。だから、「榊原卓哉個人で行っているんじゃない。皆が間接的に関わってくれているんだよ」と話しているんです。
榊原本社屋
榊原本社屋