9月10日、トランプ大統領が掲げるMAGAの信奉者であり、米保守派の政治活動家チャーリー・カークが狙撃され死亡した。8月にはトランプは首都ワシントンの治安が他の都市と比べて極端に悪化しているとの理由で1100人を超える州兵を派遣。6月にはロサンゼルスで起きた不法移民取り締まりに抗議するデモを抑えるために2000人の州兵派遣を決定している。
 州知事の要請なく州兵を動員するのは1965年のアラバマ州のセルマで起きた「血の日曜日事件」以来だ。2021年1月6日に起きた米議会襲撃事件は米国が内乱状態に入っていることを伺わせたが、トランプが大統領に返り咲いて、ますますその傾向が強まっている。
 世界中で起きている戦争は、火器やミサイル、ドローンなどが飛び交う「熱い戦争」だけではない。「冷たい戦争」と「内戦」が同時進行している。
 「冷たい戦争」とはトランプ関税をめぐる各国との交渉であり、トランプは貿易相手国を敵と味方に選別している。また「内戦」には目に見えるものと、見えないものがある。目に見える内戦は、一時的に力で抑えつけることが可能だが、「見えない内戦」は静かに米国民の心を蝕んでおり、対症療法はない。これら3つの戦争の共通点は、国家が「例外状況」にあることである。
 米国の「見えない内戦」はアン・ケースとアンガス・ディートンが名づけた「絶望死」の急増だ。「絶望死」は自殺に加えて薬物の過剰摂取およびアルコール性肝疾患を原因とする死の合計からなり、非ヒスパニック系白人男性で、学歴が高卒以下、とりわけ50―54歳で増えている。
 米国の「見える内戦」は州兵が投入されるほど深刻であり、国家が極限状態であることを示唆している。一方、個人のそれは「絶望死」の急増となって表れており、そのどちらも「例外状況」である。

「絶望死」の増加と国家の危機


 米国の「絶望死」は2000年から急増し、23年に10万人当たり58・9人となり、00年の23・6人と比べると2・5倍に増加した。この増加率は先進国の中で突出している。イギリス、カナダ、オーストラリアも「絶望死」が増加しているが、米国ほどではない。ドイツとフランスでは「絶望死」は減少傾向にある。
 自殺率が30人を超えると秩序崩壊の危機となり、国家存続が危ぶまれる。米国の自殺率は14・1人とこの水準を大きく下回っている。しかし、「絶望死」58・9人の内訳をみると、アルコールの過剰摂取による死亡率13・5人、そして異常に高い薬物過剰摂取による死亡率31・3人となっており、米国の「絶望死」は薬物中毒による死が最大の問題である。
 19世紀以降の自殺率の推移をみると(図参照)、30人を超えたのは1967年以降のハンガリー、81年以降のソビエト、92年以降のロシアの3ヵ国だった。32年7月、ドイツ(ワイマール共和国)の総選挙でナチスが第一党となり、この年の自殺率は29・2人だった、翌33年にヒトラー内閣が誕生し、ワイマール共和国は崩壊した。

先進国の自殺率
先進国の自殺率

出所:厚生労働省「人口動態調査特殊報告調査」
WHO" Crude suicide ratesa(per 100 000 population)


 自殺とは自己に対する究極の暴力であり、社会が好ましくない方向に向かっていることを仲間に知らせようとする最終手段でもある。国家に対する命を賭した不信任という意味で「内戦」である。〝自由の国〟だったはずの米国で、「見える内戦」と「見えない内戦」が起きていることになる。
 フランス革命以来200年以上が経過したが、この間、全体主義のナチス・ドイツ、社会主義のソビエトとその衛星国ハンガリー、そして自由主義陣営の盟主である米国において自殺率のピークが切り上がっている。
 フランス革命以来のイデオロギー闘争においてナチス・ドイツの全体主義が、次いでハンガリー、ソビエトの社会主義が敗北し、国家解体となった。そうして「歴史の終わり宣言」をし勝利したはずの米国で、21世紀になると社会秩序が揺らぎ始めた。世界的にリベラリズムの旗色が悪いのは、「近代のリベラリズムは、ひたすら個人の欲望の解放を推し進める一方で、それをコントロールするための術を教えなかった」(宇野重規)からだ。
 「理想と現実の隔たりが大きすぎると、制度は崩壊する」――これはバーバラ・W・タックマン(1912‐89)の『遠い鑑』での「災厄の14世紀ヨーロッパ」に関する言及であるが、驚くほど21世紀の現在と似ている。14世紀の災厄は15世紀半ばから「長い16世紀」へと突入、結局中世キリスト帝国は瓦解し、近代国民国家にとって代わられた。その国民国家が解体の危機に陥っているのだ。
 近代国家の中心は「自由」である。その自由が三大悪徳、すなわち狂暴と貪欲と野心によって脅かされている。ジャンバッティスタ・ヴィーコは『新しい学』(1725年)で、三大悪徳の制御に失敗すれば、人類は確実に滅亡すると述べている。
 そうならないように近代主権国家の使命は現実を自由と平等の実現という理想に近づけることで公共的な幸福を作りだしていくことである。