政府は2025年6月に「総合イノベーション戦略2025」を閣議決定した。冒頭で「科学技術・イノベーションは、国力の源泉であり、経済成長を加速させ、社会課題を解決する原動力である」と謳っている。イノベーションが経済成長を加速させるというのであれば、全要素生産性(TFP)、すなわち資本と労働の投入量では説明できない経済成長への貢献分が増加していなければならない。IT革命といわれて既に30年経過しているが、その兆候は全く見られない。
 「Windows95」が発売された1995年から現在までのTFPをリーマンショックの前後で比較すると、日本の場合前者は年平均0・9%増、後者は0・7%増と若干鈍化。IT革命の効果が既に減退している。実質GDP成長率でみると、前者は年平均1・3%、後者は0・6%とTFP同様に鈍化している。労働力人口が減少するなかで働き方改革により時短を進めており、労働投入量は増えないし、過剰設備で資本量の増加も大して期待できない。今後の経済成長はひとえにTFPにかかっている。
 日本だけがIT革命の成果が見られないわけではない。米国のTFPも95―2007年と2011―24年(リーマンショック後の08―10年は除く)を比較すると、前者は1・6%増、後者は0・7%増と半減している。
 ITは至るところでわれわれの仕事や生活に影響を及ぼすようになったが、日米ともにTFPや実質GDP成長率は高まらない。

ITで生じたのは労働の代替

 

 こうした現象はノーベル経済学賞受賞のロバート・ソローが1987年に指摘した「ソロー・パラドックス」でも生じており、デジャブ(既視感)を覚える。
 彼は70―80年代の米国について「至るところでコンピューターの時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」と疑問を呈した。70―80年代のPC普及はホワイトカラーの生産性を上げると期待され、産業革命3.0(インダストリー3.0)といわれた。90年代半ば以降になるとPCがインターネットで結ばれ、情報化社会をもたらした(インダストリー4.0)。現在はAIが人間の頭脳の領域にまで浸透してきた(インダストリー5.0)。
 インダストリー3.0以降、期待されたほど経済成長は高まらない。インダストリー1.0はワットの内燃機関発明により19世紀はじめに鉄道と運河の時代を招来させた。ヨーロッパ大陸が鉄道で結合され、蒸気船の登場によりヨーロッパとアメリカが一体化した。インダストリー2.0は19世紀半ばから20世紀初頭のエジソンとフォードによる電気と自動車の時代だった。1.0と2.0の成果は「大きな政府」政策により1920年代から70年代半ばにかけて先進国で高い成長が実現した(TFP年平均2~3%増)。
 1.0~2.0と3.0~5.0を分ける大きな違いは、前者は内燃機関がなければできなかった2つの大陸を経済的に結合させたという点で〝無から有を生み出した〟のに対して、後者は国境を越えて人間を結合し、人間がアナログで行っていたことを〝デジタルに代替〟した。この点がTFPの差になって現れている。人間の労働をITが代替するわけであるから、ITを所有する企業の利潤率は上がるが、労働者の賃金は上がらない。

格差を是正する政策が不可欠



 なぜ、電気と自動車の技術よりもITのそれが経済全体にプラスの貢献をしないのかについて、タイラー・コーエンは「近年のイノベーションの多くは『公共財』ではなく『私的財』の性格を帯びていると言えよう。今日のイノベーションは得てして、(中略)万人が用いるのではなく一部の人しか用いない商品を生み出している」と指摘する。
 彼は「今日のマクロ経済の3つの主要な出来事―所得格差の拡大、世帯所得の伸び悩み、そして金融危機―はすべて、この現象の産物として位置づけられる」と言う。シンボルエコノミーがビリオネアの私的財となっていることにほかならない。
 ダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソン(二人は2024年ノーベル経済学賞受賞)によれば、過去の広範な繁栄は、テクノロジーの進歩の自動的かつ保証された利益から生じたわけでなない。むしろ、繁栄の共有が実現したのは、(中略)利益分配の方法が一部のエリートに有利な仕組みから脱したおかげであり、それ以外ではありえなかった」。巨大な資本を要するテクノロジーは富の集中をもたらす(図)。
 図のA点からB点における富の集中はインダストリー1.0~2.0の時代であり、レッセフェール(自由放任)のイデオロギーが支配し、「金ぴかの時代」と株・土地高騰の時代だった。
 1928年に上位1%に富が22・3%集まり、翌年NY株の暴落で世界大恐慌となった。ケインズ政策が戦後の経済成長をもたらしたのは、ニューリベラリズムで政府が積極的に格差是正に取り組み、所得再分配政策などで技術革新の成果が中間層に行きわたるようにしたからだ。
 ところが、経済的権力を失うとの危機感をもったエリートがエネリベラリズム(新自由主義)を持ち出し、「小さな政府」と規制緩和で再び富の集中が起きた(C点から現在のD点)。ネオリベラリズムからの転換を図らないと、バブル崩壊を招き、現在が大戦前夜となってしまう。