グローバリゼーションを駆使した「世界帝国」建国の夢が潰えれば、次に国家と資本が目指すのは「地域帝国」である。そうであれば、ドルは世界の基軸通貨である必要はなく、地域帝国の基軸通貨であれば十分。地域の境界線をどこに引くかをめぐって戦いが起きている。
 地球随一の大陸ユーラシアの中心に位置する中露を四方八方海から囲む史上最大の「封じ込め」作戦が始まった。ユーラシアの西の境界線を決めるのがウクライナ・ロシア戦争であり、東の国境線は「台湾有事」の有無次第となるであろう。
 2022年以降、米国の貯蓄不足(=経常収支赤字)は先進国の貯蓄超過(=経常収支黒字)を上回り、米国は追加的な資本流入を中国に依存せざるを得なくなった。こうした事態は米国にとって由々しきことである。巨額の米国債を保有する中国が仮にドル売りなどで米国の内政に影響力を及ぼそうとすれば、ドル急落・米長期金利急騰の懸念が出てくるからだ。「全世界の債権者」の資格がない中国が米国に意見するのは許せないのである。
 21世紀以降、米国の貯蓄不足が先進10ヵ国の貯蓄超過の範囲内に収まっていたのは21年までだった。それ以降、米国の貯蓄不足は先進10ヵ国の貯蓄超過を超え続け、24年には米国の貯蓄不足は1兆2923億㌦となった。
 先進10カ国を合わせた貯蓄超過1兆1898億㌦だけでは1000億㌦ほど足りなくなった。10年には先進国上位5ヵ国の貯蓄超過額で米国の貯蓄不足を補って余りあったが、24年になると、米貯蓄不足の62%しか賄えなくなり、中国の存在感が一気に高まった。


習近平政権誕生とともに始まったドルと人民元の戦い



 2011年まで中国は毎年平均して経常収支黒字額の83・8%を対米証券投資(長期と短期の債権および株式)の購入に充てていた。その結果、11年6月末に中国の米国証券保有高は1兆7266億㌦となり、15年6月末には1兆8440億㌦とピークをつけた。その後、対米証券投資は減少に転じ、24年6月末には1兆4010億㌦となった(図)。
習近平総書記就任を機に急速に進む中国のドル離れ
習近平総書記就任を機に急速に進む中国のドル離れ

 米中対立は、中国の経常収支黒字と対米証券投資の関係をみると明らかになる。中国の対米証券投資残高がピークをつけた15年の12月に中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を発足させた。中国は保有していたドルを売却して、アジアのインフラ投資に人民元で融資した可能性が高い。
 仮に、従来と同じ様に経常収支黒字の83・8%を米国証券に投資していたら、24年には4兆4000億㌦に達していたはずであるが、実際には1兆4000億㌦にとどまっている。
 中国の対米証券投資が15年以降減少したのは、習近平が12年11月に中国共産党の総書記に選任され、13年9月にカザフスタンで「シルクロード経済ベルト」構築を提案した時あたりからである。13年10月には「一帯一路」構想を提唱し、AIIBはアジアで国際銀行業務を営むため、米国と日本が主導するアジア開発銀行(ADB)と競合する。
 ADBはドルでの融資が中心であって、中国はアジアに人民元経済圏を構築することを目的として米国と覇権争いを始めた。ドルと人民元の戦いは遅くとも15年に始まったとみることができる。人民元の世界の国際決済における割合は22年までは2%前後で推移していたが、23年から上昇に転じて24年7月には4・74%まで高まった。しかし、25年9月には2・47%まで低下しており、人民元経済圏は拡大していない。ドルは46・71%、ユーロは23・98%となっている(SWIFTのデータ)。

日米英連合VS中露連合



 「全世界の債権者」すなわち所得収支黒字が世界最大の国、具体的には米国が世界の指導者であるという20世紀以降の国際ルールを認めない国が出てくると、2国間で激しい対立が起きる。その場合、米国債を大量に保有している国が米国を世界の指導者だと認めない場合、中国の米国債売りはシンボル化した世界経済に大打撃を与える懸念があった。
 中国が米長期国債を最も保有したのは11年6月で、1兆3024億㌦だった。この年の米長期国債の外国人保有高は4兆0492億㌦だったから、中国の保有シェアは32・2%に達し、日本を抜いて世界一となった。
 ところが24年6月末時点で中国は米長期国債の保有額を7529億㌦へと大幅に減らした。中国の米国債売りで米長期金利が上昇しなかったのはイギリスが中国売りを相殺するほどに米国債を購入したからだ。11年のイギリスの米長期国債保有額は1179億㌦だったが、24年には6412憶㌦へと増やした。同期間に中国が売り越した5495億㌦をイギリスの買い増し5233億㌦と日本の同1967憶㌦で相殺した。
 グローバル化が終わりつつある現在、世界は日米英を中心とするドル圏、ドイツとフランス中心のユーロ圏、そして中国・ロシア連合の3つの地域帝国が誕生しつつある。モンロー・ドクトリンが大西洋で地球を二分したのに対して、トランプ・ドクトリンは日米と英・EUが陸の国・中露を海で囲んで「封じ込め」しようとしている。過去そうであったように、将来も世界帝国は夢物語である。