米国・イスラエルのイラン攻撃で原油価格が急騰している。その影響は交易条件の悪化を通じて所得の減少にとどまらず、国際秩序崩壊の危機に陥り地域秩序を模索する動きがでてくる可能性がある。
 2月28日に始まった米国とイスラエルのイラン攻撃は早期収拾のメドがたたず、長期化の様相をきたしている。米CNNは3月10日、イランがホルムズ海峡で機雷の敷設を始めたと報じた。それを受けて原油価格が急騰した。WTI原油先物価格は10日83.45㌦/バレルから16日には94.7㌦へ上昇。とりわけ中東産出の原油の指標となるドバイ先物価格は6日に94.8㌦だったものが、18日には161.30㌦へと急騰した。
 資源エネルギー庁の「2024年度エネルギー需給実績」(2025年12月公表)によれば、一次エネルギー国内供給のうち35%が原油、天然ガス・都市ガスが21%を占めており、これに石炭を足した化石燃料への依存度は80%となっている。原油の中東依存度は95%、LNGは10.8%である。原油とLNG合わせて36%は中東から輸入していることになる。石油備蓄は官民合わせて254日で、中東での戦争が長引けば心もとない。ウクライナ・ロシア戦争は4年経過しても停戦に至っていないし、イスラエル・ハマス戦争は停戦までに2年かかった。中東の大国イランとの戦争が短期で終わる保証はない。
 資源を輸入し、工業製品を輸出する日本にとって、原油価格の上昇は交易条件を悪化させる。交易条件指数とは輸出物価を輸入物価で割った指数であり、輸入品1単位購入するのに何単位の輸出品が必要かという交換比率である。端的にいえば、原油1バレル輸入するのに、何台の自動車を輸出しなければならないのかを表している。輸出する自動車台数が少ないほど、交易条件は改善することになる。輸入物価が輸出物価以上に上昇すれば交易条件指数は小さくなり、悪化する。
 

交易条件の悪化で実質GDIはマイナスへ



 財・サービスの生産は実質GDP(国内総生産)で表し、これに交易条件を金額換算した交易利得(損失)を加えると、実質GDI(国内総所得)となる。交易条件が悪化すると、実質GDP成長率よりも実質GDI成長率は低くなる。輸出物価の変動率は小さいので、日本の交易条件を左右するのは円建て原油価格である。しかも交易条件を説明する変数はWTI原油価格よりもドバイ原油価格のほうが優れている。
 ドバイ原油価格とWTI原油価格は2009年1月以降26年2月まで、前者が後者を平均で3.91㌦/バレル上回っている。米国とイスラエルのイラン攻撃が始まった2月28日の前日にはドバイ原油=70.70㌦、WTI=67.02㌦で、その差は3.68㌦と、従来の平均的な乖離幅とほぼ同じだった。ところが3月18日になると、ドバイ原油=161.30㌦、WTI=97.24㌦でその差は64.06㌦に広がった。3月1日から18日の乖離幅は平均30.6㌦と、WTIが1983年5月にNYマーカンタイル取引所(NYMEX)に上場して以来最大となった(図参照)。
 年間を通じてドバイ原油が130㌦、円ドルレートは160円で推移すると仮定すれば、交易損失は19.8兆円となり、実質GDIを2.2%引き下げる。当然、原油価格が上がれば、消費者物価も上昇するから、労働者の実質賃金を引き下げる。個人消費支出が低迷し、政府の2026年度実質GDP成長率見通し1.3%程度の達成が困難となる。おそらく実質GDP成長率は1.0を下回って、実質GDIは前年比1%前後の減少となり、22年以来のマイナスとなる可能性が高い。
WIT原油先物価格とドバイ原油との差
WIT原油先物価格とドバイ原油との差


グローバル市場の分断でドンロー主義が現実に



 北海油田のブレントはドバイ原油と異なり、WTI原油価格との差はホルムズ海峡封鎖の報道以降も広がっていない。リーマンショック後の2009年9月以降、WTI価格よりもドバイ価格が上回るようになったのは、中国などアジア諸国の経済回復が米国より早かったからだ。1982年以降、ドバイ原油はWTIから乖離しても確率99.7%(標準偏差の3倍)で18.3㌦を超えて上回ることはなかった。ところが、3月にはいってドバイ原油はWTIを平均で30㌦以上も上回っている。この乖離幅は0.3%の確率でしか起きないのだ。
 WTI、ドバイ、ブレントの油種の性質によって、価格差は生じるが、それは一定値である(WTIとドバイの油種差は3.9㌦)。それをはるかに上回る乖離は、過去にない異常事態をマーケットが織り込んでいるといえよう。乖離が長期化するとした場合の一つの解釈はグローバル市場が分断されたということである。原油は機械化を意味する近代化に欠かせない要素である。原油が同じ価格であってこそ、グローバル市場が成り立つ。グローバリゼーションを推進してきた米国が、みずからグローバル化にとどめを刺したことになる。
 2025年12月に公表された米国国家安全保障戦略によれば、「モンロー主義を再定義する」として西半球での米国の支配力を高め、他国に干渉させないとする「ドンロー主義」を掲げた。トランプ大統領のアメリカ・ファーストは意図しようといまいと、国際秩序を崩壊させる方向に仕向けている。日米同盟を基軸とする日本にとって戦後最大の正念場を迎えている。