前回も書いた通り、先日の衆議院選挙では、自民党単独で3分の2以上、日本維新の会との連立与党だと4分の3以上という偏った選挙結果がもたらされた。
ただこれは、3分の2以上の国民が自民党を支持したわけでも、4分の3以上が連立与党を支持したわけでもない。比例区の政党別得票では自民党が36・7%、日本維新の会が8・6%だ。自民党は、36・7%の国民の支持で68・0%の議席を、連立与党は45・3%の支持で75・7%の議席を得てしまったことになる。
ただ、もちろんこれは、わたしたちが選択した小選挙区比例代表並立制という選挙制度の結果だから仕方のないことであり、選挙結果が民主主義に基づいたものであることは言うまでもない。ただ、政権交代可能な二大政党制を目標にして作られた制度だけに、ここまで極端な議席偏在は想定外のものだったと言えよう。
この制度は1993年発足の細川護熙首相率いる連立政権(日本新党、日本社会党、新生党、公明党、民社党、新党さきがけ、社会民主連合、民主改革連合の8党で構成)の時代に、93年総選挙の結果野党第一党となった自民党と合意の上、94年に法制化され96年総選挙から実施された。
当時は、細川連立政権というそれまでの自民党政権時代の野党が結集したものと自民党とが二大勢力として存在し、その後もこうした図式が成り立つと考えられていた。事実、96年総選挙以降の自民党は、ほとんどの期間において自由党、公明党などとの連立を組まざるを得なかったのである。
長期政権を保持した自民党がいくつにも分かれた少数党をうまく御しながらやってきた政治から、二大勢力が対等に近い立場で議論し、国民が選挙で判定を下す形になっていくことを期待して、われわれ国民の多くもそれを支持した。現在のアメリカ議会の共和党と民主党のように55対45辺りの割合を思い浮かべていた人がほとんどだったはずだ。
それが現在のような結果になってしまったわけだが、即、民主主義の危機と騒ぎ立てるつもりはない。前回見てきた大政翼賛会の立憲君主制時代とは違い、日本国憲法で民主主義は保障されている。高市早苗首相が、東條英機首相のように天皇の名を借りて戦争を始めるなんていうことなど絶対にあり得ない。
立法、行政、司法の三権分立が保たれ、その中で憲法41条に国権の最高機関であって唯一の立法機関と定められたのが国会だ。その議論の場で、多数派、少数派のさまざまな意見をぶつけ合って国民のためになる結論を得るのが民主主義の根源ではないか。最終的には多数決となるにせよ、そこでの熟議があってこそ少数意見の側も結論に従うのだ。
ところが、選挙後の国会の様子を見ていると、大丈夫か? と心配になってくる。前回も書いたように、令和八年度予算の前年度内成立に固執した強引な国会運営には首を傾げてしまう。たしかに、3月末までに成立した方がスムーズに予算執行ができ、国民生活への影響はないだろう。
しかし、年度内成立が不可能な場合は暫定予算という措置があり、年金、社会保障関係など通常の支出は例年通り実施することができる。新年度から実施予定の小学校給食費の無償化も、暫定予算で4月の新学期から可能だ。新たに行う高校授業料の実質無償化も、それを規定する法律改正さえ前年度内に成立すれば暫定予算の対象となる。
実際過去にも例は多く、日本国憲法下でも30回は超える。わたしが役人だったころの1994年度予算などは成立したのが6月23日で3ヵ月近く暫定予算で凌いだが、ほとんど国民生活への影響はなかったと記憶する。
今回遅れが気になるのは、物価高対策などの新規経済対策だろうが、こちらは財源や消費税関連の問題もあり、本来慎重な審議が必要な性質のものだ。むしろ拙速に決めるのでなく、経済動向やアメリカのイラン攻撃による経済面への影響などを注視しつつ議論し、小手先でない抜本的な対策こそ望まれる。
それこそ、小選挙区制の効果はあるとはいえ国民からこれだけ多数の議席を与えられているのだから、予算の年度内成立で人気取りする必要はなく、腰を据えた熟慮や国会での熟議こそ必要なのだ。少しくらいのことで支持が急降下するはずもないわけで、今こそ抜本的な政策論議をしてもらいたい。
だというのに、年度内成立を急がせるばかりでなく、その最中に連立相手の日本維新の会に配慮した衆議院議員定数1割削減法案まで持ち出すなど、単独で3分の2を占める政権与党とも思えぬセコい振る舞いに呆れる。しかも小選挙区には手を着けず、ここだけは野党が過半数の比例代表に限定して45議席減だとは… 。
これでは、真面目に民主主義の危機だと思われたとしても仕方なかろう。



























