「戦争で最初に犠牲になるのは真実だ」と言われるが、現在の中東戦争で真実を歪めている最大の加害者はアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプだろう。
 自己顕示欲が強く、力を誇示するナルシストのトランプは、戦争開始から発言をコロコロ変え、幾度も「われわれは勝った」と嘯いて不信を買ってきた。
 米軍は大量の高価な精密誘導兵器や迎撃ミサイルを驚異的なペースで投入しているが、現実にはイランは屈服する兆候を見せていない。すでに女性や子供を含む数千人が犠牲になっている。

招いたエネルギー危機



 ベネズエラ奇襲作戦の“成功体験”が誤算に繋がったのか。はたまた長年イラン攻撃を切望していたイスラエルのネタニヤフ首相からの緊急電話で「イランの最高指導者と主要幹部が同じ場所に集まる。全員を排除できるチャンスだ」と知らされ、明確な出口戦略を描く前に決行してしまったのが実態なのか。
 そもそもイランは米国にとって限定的な脅威でしかなかった。米国防情報局の評価ではイランは核兵器を製造しておらず、2035年まで大陸間弾道ミサイルを開発出来ないとされている。それにもかかわらずトランプはネタニヤフと二人三脚で先制攻撃に踏み切った。
 その結果、イラン革命以来最大の地域の政治的地殻変動だけでなく、世界で最も重要な石油輸送の要衝であるホルムズ海峡の封鎖によって世界全体をエネルギー危機の恐怖に陥れている。
 出口戦略もなく大規模な戦争に踏み込んだ以上、トランプがそこから抜けだすのは困難を極めるだろう。事実上の失敗を「勝利」や「名誉の撤退」と見せかける口実を探すだろうが、誰がそんなことを信じるか。

世界から高まる停戦圧力



 2月28日、イラン南部の女子小学校が爆撃され児童168人と14人の教師が死亡した事件は世界的な怒りを呼んだ。だが、トランプは調査を待たずに「イラクがやった!俺は知らん」と責任転嫁した。
 しかし現場では米国製巡航ミサイルの破片が見つかり、ニューヨーク・タイムズ紙によれば、米軍の調査では古い地図情報に基づく誤射であり、米軍の過失であることが判明している。マクロン仏首相はこの惨事を「虐殺」と呼んで怒りを隠さなかったが、冷血なトランプにそんな共感力はない。
 驚いたことに、イラク政府は爆撃初日に最高指導者と幹部の多くを殺害されても、その後の激烈な攻撃を受けても、自らの勝利を確信しているという。米国とイスラエルの楽観的な戦況報告とは裏腹に、イランは中東全域で毎日数十発の弾道ミサイルと多くのドローンを発射する能力を維持している。
 世界の海上原油輸送の約2割が通過するペルシャ湾のホルムズ海峡の航行は、依然としてイランの許可なしに不可能だ。原油・天然ガス価格の高騰は世界経済に深刻な打撃を与え、トランプに対して「戦争を速やかに終結させよ」という圧力が高まっている。

ホルムズ海峡支配の重み



 イランは重要な教訓をこれまで学んできている。それは、彼らは高額なミサイルを発射しなくても、地政学的武器となるホルムズ海峡を利用すれば比較的簡単にかつ安価に、世界中に甚大な被害と混乱を引き起こすことができるという教訓だ。
 3月20日、トランプはイランとの戦争を「終結させる」ことを検討していた。ところがその翌日、一転して48時間以内に海峡を再開しなければ発電施設を「攻撃して壊滅させる」と脅しをかけた。一貫性のない発言はもはや常態化しており、紛争をさらに制御不能に陥れている。
 幸い予告時刻が過ぎても発電施設攻撃は起きなかった。トランプが攻撃を5日間延期すると発表したからだ。理由はイランと「完全かつ全面的な敵対行為の解決」について協議したからだという。しかし、イラン議会議長は協議をすぐさま否定。「フェイクニュース」が石油市場を操作するために利用されていると述べた。
 トランプは自ら設定したレッドラインで深刻なジレンマに陥っている。発電施設攻撃を行えば、世界の石油市場と経済にさらに深刻なショックを与えるだけでなく、既に深刻な困窮に直面しているイランで人道危機を引き起こす。病院、水、衛生設備には安定した電力供給が不可欠だからだ。
 一方、トランプがここで怯んで海峡が封鎖されたままであれば、軍事力で圧倒的に劣るイランが軍事大国アメリカとイスラエルに抵抗できることを世界に示すことになる。
 22日、ベッセント財務長官はNBCテレビの番組で「時には事態を鎮静化させるためにエスカレートさせなければならないことがある」と発言した。これは意味深長だ。なぜなら、ベトナム戦争からイラク戦争に至るまで、小規模から始まり大規模にエスカレートした米国の戦争は、ほとんどが屈辱的な敗北で終わっているからである。
 地政学的にみて、戦略的に重要なホルムズ海峡をイランに支配させることは容認できないという意見があるのも事実だ。「もし米国が撤退し、イランの人質行為を許せば、この戦争は米国とトランプ大統領にとって完全な失敗に終わるだろう」と、英王立国際問題研究所の中東地域専門家のサナム・ヴァキル博士はWSJの取材で述べている。
 窮地に追い込まれたトランプには、もはや良い選択肢が残っているとは思えない。それでも国防総省は数千人規模の海兵隊を中東に追加派遣している。